前回の記事から随分時間が経ってしまったが、その間に大統領選をめぐるフェイクニュースやDeNAのまとめサイトなど、インターネット上の知をめぐる社会的、政治的問題が広く議論された。
オバマ前大統領は任期を終える直前の2017年1月、大統領として行った最後のスピーチの中で、「事実に基づく共通のベースライン」がますます必要とされると述べた。この言葉からは、これまで人々の共通前提だった知(常識)が崩壊し、インターネットが自分にとって都合の良い知識や価値観に自らを囲い込んでしまうのではないか、といった危惧が伺える。我々にとって「現実」とは何であるかを考えさせられる発言だ。
インターネットは多くの人々に知を提供するプラットフォームとしても機能するが、技術革新が時として人々の知的生活の基盤を動揺させてきたのも事実だ。今回は、人間の脳とコンピュータを接続させることで人類の新たな境地を切り開こうとする、壮大な計画について考察したい。
脳がタイピングし、皮膚が音を聞く未来
現代技術の発展は、まるでSF作品の描く未来を導くかのようだ。1995年に公開され、その世界的な評価からジャパニメーションの元祖と呼ばれたアニメーション映画『攻殻機動隊』は、脳とコンピュータが接続され、データ=情報が五感を通さず直接人間の脳に伝達されるといった近未来の社会を描いている。そこでは人々は身体では到底不可能な情報量を処理するなど、コンピュータによって人間の能力を飛躍的に向上させることを可能としている。
2017年4月、アメリカで行われたFacebookの開発者カンファレンス(「F8」)で発表された内容は、こうした技術に類するものだった。発表したのはFacebookの製品開発・研究チーム「Building 8」のレジーナ・デュガン氏。彼女は米DARPA(国防高等研究計画局。国防総省の内部部局で、技術開発の研究機関)の局長や、グーグルなどでも働いたテクノロジーのスペシャリストだ。Facebookは2016年に彼女を引き抜いている。
注目の発表だが、ひとつは脳の思考を読み取って、言葉を発さずにテキスト化されるというもの。人は脳内で言葉を重ねるが、それは話したり書いたりするより圧倒的にスピードが早い。そこで脳を毎秒100回スキャンすることで、この思考を直接コンピュータが読み取ってタイプしてしまうというものだ。デュガン氏によれば、この方法では1分間に100語(英語)がタイプ可能で、それはスマホでタイプするのに比べて5倍程度のはやさになるという。さらに脳波を計測するのに、センサーなどを脳内に埋め込む手術も必要がなく、身体に身につける程度のもので済んでしまうという。
もうひとつは特定の振動を脳にあたえることで、皮膚が直接音をきくというもの。デモ映像では、腕にデバイスを巻いた被験者が、隣に座っている人物が選択した記号を皮膚で読み取りボタンを押していた。単語を理解したり、単純な文章を理解することもできるという。
どちらもまるで超能力かと思うほどの技術だ。人間の思考を読み取るには、言語中枢の特定の神経回路のみを解読するといった試みが必要とされるが、発表ではこれらの技術は数年で実用化を目指すという。
予め断っておけば、筆者はこの試みが成功するかどうかを判断する立場にない。しかしこれらの技術が達成できるとすれば、思いつくだけでもかなりの応用が期待できるだろう。脳の思考を読み取る研究では、部屋が暑いので温度を上げてと思うだけで、連動したコンピュータによって空調が調節される、といった応用も可能だろう。また遠くない未来では、会話することなく相手と直接思考のやり取りが、使用言語に関係なく可能になるかもしれない(デュガン氏も言葉の壁を超えたいと発言している)。