AIはシンギュラリティの夢を見るか?

2017年4月29日

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川手恭輔 (かわて・きょうすけ)

コンセプトデザイン・サイエンティスト

1990年代から、大手メーカーでインターネットサービスの企画・開発・運用を手がけ、自ら立案したグローバルなサービスを複数立ち上げた経験を持つ。その1つは、サービスのデザインでグッドデザイン賞を受賞した。コンピューターサイエンス関連の翻訳本も多数ある。

 パナソニックは4月19日のプレス向けの研究開発戦略説明会で、「さらなるイノベーション推進に向けて、今後の成長エンジンとなる新事業モデルの仮説を自ら構築し、リソースを集めて挑戦する仕組みと体制を本社主導で整備する」との発表を行いました。そこで、4月1日に新設されたビジネスイノベーション本部は、次のようなミッションを持つとの説明がありました。

  • 「モノ売り」から脱却し、サービス中心の事業創出を推進
  • 既存に対する破壊的技術になり得る、IoT技術に基づく事業創出を推進
  • 加えて、人工知能(AI)技術などの破壊的技術で事業創出を推進・支援

 また、3月25日の日本経済新聞は「パナソニックは不採算の6事業を対象に一段のリストラに踏み切る」と報じました。デジタルカメラなど、3つの事業部を解体して人員を減らすことなどが計画されています。これまでにもプラズマテレビやプラズマパネルから撤退し、鉛蓄電池などの事業を売却するなどのリストラを断行してきましたが、今回が赤字事業の最終処理だとのことでした。

(David Becker/Getty Images)

 大規模なリストラによって経営の健全化は進んでいるようですが、まだ新たな収益源の育成に向けた戦略は見えません。5年以内に人工知能(AI)領域の技術者を1000人規模にまで増強してサービス中心の新しい事業を創出するという「意思」が示され、ビジネスイノベーション本部という「箱」はつくられましたが、それは「戦略」にはなっていません。しかし、新たな本部の副本部長に就任した元SAPジャパンの馬場渉氏が説明会で話した「ユーザーエクスペリエンスとデザインシンキングをパナソニック全社に適用する」という言葉には注目させられました。

ユーザーエクスペリエンスとデザイン思考

 経済のグローバル化とデジタル技術の急速な進化によって製品のコモディティ化のスピードが加速し、単一の製品や技術のみで差別化をはかり、そのアドバンテージを長期間にわたって維持してゆくことが難しくなってしまいました。この状況は、とくに日本の製造業において困難な事態を引き起こしています。

 B.J.パインは1999年に発刊された『経験経済』の中で、「経済価値はコモディディからプロダクト、サービス、そしてエクスペリエンス(体験)に進化する」と言っています(体験と経験は同じ意味で使います)。そして、モノやサービスだけを提供するのではなく、それを利用することによって顧客が感じることができる豊かな体験を提供する企業を「ステージャー」と名付けました。馬場氏の言葉の半分、「ユーザーエクスペリエンスをパナソニック全社に適用する」は、パナソニックをステージャーに変革するということを意味しているのでしょう。

 デザインシンキング(デザイン思考)を提唱した米国IDEO社のティム・ブラウンによれば、デザイン思考とは「何らかのシーズと人々のニーズとを調和させてプロダクトをつくるための方法論」で、そのシーズは「技術的に実現可能なもの」「顧客価値と市場機会に転換できるもの」とされています。前者はプロダクトのアイデア、後者は技術やデータやコンテンツなどの企業の保有資産と考えるとわかりやすいでしょう。

 デザイン思考はニーズを起点にしています。IDEO社のコンサルティングのプロセスは、「現実の生活における人々を観察し、提供されている製品やサービスでは満たされていない潜在ニーズがどこにあるかを探し出す」というステップから始まります。このステップでは、ユーザーのエクスペリエンスに注目します。そして、発見した問題や潜在ニーズを解決したり満たしたりすることができる、技術的に実現可能なプロダクトをデザインします。

 一般消費者向けの製品をつくる製造業では、技術シーズから新しい製品の企画や開発がスタートすることが多いと思います。むしろ、画期的な製品は革新的な技術によって生み出されています。近年、AIは機械学習、特にディープラーニングという技術によって飛躍的に進化し、デジタルそしてインターネットの次の、あらゆる経済活動で広く用いられる重要な汎用技術になる可能性を帯びてきました。パナソニックに限らず、インターネットへの対応で大きく遅れをとった日本の製造業にとって、AIはリベンジの最後のチャンスかもしれません。

 ユーザーエクスペリエンスという言葉は、米国の認知心理学者で、アップルに在籍していたこともあるD.A.ノーマンが造ったといわれています。ノーマンは「ラディカル(不連続)な技術革新がなければ、イノベーションを起こすことはできない」と言っています。デザイン思考のアプローチ、本当の問題を特定してからその解決策を考えるというアプローチでは、プロダクトの機能や仕様の改善にしか結びつかないというのです。これには多くの議論がありますが、シーズ起点から、AIというラディカルな技術を利用した画期的なプロダクトのアイデアと人々のニーズとを調和させてイノベーションを起こすには、デザイン思考に対する深い理解と経験が必要になります。

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