赤坂英一の野球丸

2017年5月31日

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 今年、大相撲に大きな世代交代の波が押し寄せている。平成29年(2017年)は恐らく、のちに角界を振り返ったとき、「あの年を境に歴史が変わった」と言われる重要な節目になるかもしれない。

(iStock)

 最大の〝歴史的快挙〟はやはり、1月の稀勢の里の初場所優勝、日本出身力士としては貴乃花以来14年ぶりとなった横綱昇進である。稀勢の里は3月の大阪場所でも優勝、新横綱の昇進場所優勝は1995年の貴乃花以来22年ぶり、史上8人目の快挙。加えて、日本出身力士の2場所連続優勝は98年の貴乃花以来19年ぶりでもあった。これを大袈裟に表現するなら、朝青龍、白鵬らモンゴル人横綱に10年以上席巻されていた〝花のお江戸の大相撲〟を、やっと日本人の手に取り戻したのが稀勢の里だったと言える。

 久しぶりに日本出身横綱が誕生して、両国国技館は沸きに沸いた。稀勢の里の土俵入りでは白鵬、日馬富士、鶴竜をはるかに上回る歓声が上がって、親方衆の間から「これほどの盛り上がりは若貴時代(若乃花、貴乃花両横綱時代)以来」という声も聞かれたほど。

 では、これから稀勢の里を中心とした日本出身力士の全盛時代になるのかというと、事はそう単純ではない。3場所連続優勝のかかっていた今月の夏場所11日目、稀勢の里はかねて悪化していた左肩の周辺、左上腕二頭筋の損傷で休場。約1カ月の通院加療が必要であることが明らかになっている。7月の名古屋場所に万全な状態で出場できるか、今度は大事を取って最初から全休するべきなのか、予断を許さない状況だ。

 過去、ケガによって満足な相撲が取れなくなり、引退に追い込まれた横綱は多い。その最たる例が、ほかならぬ稀勢の里の前の日本出身横綱・貴乃花だった。右膝半月板損傷を押して出場した2001年の一月場所で優勝し、時の小泉首相に「感動した!」と言わしめたが、右膝を悪化させてしまい、この直後から大相撲史上ワーストとなる7場所連続休場。1年以上休んだあげく、03年の初場所を最後に引退を余儀なくされたのだ。

 稀勢の里に雲竜型の土俵入りを指導、継承した大乃国(現芝田山親方)も、晩年は故障に泣かされた。大関時代まで〝横綱食い〟で鳴らし、一度もカド番を経験したことがないほどの強さを誇ったものの、自らの横綱昇進後は相次ぐ故障により、休場が6場所、負け越しが1場所、一桁しか勝てなかったのが4場所(途中休場を含む)。その芝田山親方はいま、稀勢の里の身を案じてか、横綱の地位を守るには受けて立つ取り口を変えたほうがいい、という趣旨の発言をしている。

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