小学4年生だった少年は、水は水素と酸素からできている、と知ってびっくりする――。水素は燃料になって、燃やすとまた水にもどる。「これは無限のエネルギーじゃないか!」 そのときの驚きが少年を科学者への道に歩ませることになる。
大学の研究室でハシモト青年は「酸化チタン」に出合う。おしろいの原料になる変哲もない白い粉。だが、この粉は光を当てると水を水素と酸素に分解する魔法の粉だった。少年のときに夢見た無限のエネルギーを実現できるかもしれない。
「光触媒」と名づけられた酸化チタンには、有機物を分解するチカラがあることがわかる。トイレの便器の汚れも、ビルの壁の汚れも、酸化チタンを塗るだけで「あら不思議」、自然とクリーニングされてしまった。「光触媒」は土壌の汚染や産業廃棄物、排気ガスの処理と活躍の場を広げる。
ハシモト教授は「光」、すなわち太陽エネルギーから、植物がおこなう「光合成」に目をつける。光合成とは太陽エネルギーを化学エネルギーに変換すること。つまり、植物が体内で栄養素を作り出すことである。田んぼのイネは光合成で余った栄養素を根から土壌に放出していた。それを食べて微弱な電流を発生する微生物がいる。ならば、田んぼを電極にして、田んぼが「太陽電池」にならないか。実験してみると、みごとに田んぼが発電した!
ハシモト教授の研究は、光合成を人工的におこなう「人工光合成」、そして海底火山の地殻エネルギーを活用した発電システムへと広がっている。その発想と業績は高く評価され、ノーベル化学賞の候補にも挙げられた。少年の見た夢は、いま一歩一歩実現への道を歩んでいる。
<立ち読み>
私は東京大学で、工学部化学系の学部3年生を相手に「化学熱力学」という学問を教えています。これは物質のエネルギー(化学エネルギー)と熱エネルギーや電気エネルギーが相互に変換する過程を取り扱う学問です。実は化学熱力学は20世紀初頭に現代物理学が現れる以前にほぼ完成しており、20年ほど前まではある意味で非常に古臭い学問と思われていました。しかし現在は、最先端の科学や技術の基礎となる、きわめて重要な学問の一つとして認識されています。なぜなら、化学エネルギーが電気エネルギーに変換するのは、今、世界中で電機メーカーや自動車メーカーがしのぎを削って開発競争をしているリチウム電池や燃料電池の原理そのものですし、また現代、最も活発に研究がなされ、進展の早い分野の一つといえる「生命」を取り扱う学問において、化学エネルギーと生体エネルギーの変換過程の理解は極めて本質的課題の一つであるからです。
一方、私は研究者としても、これまで30年以上にわたって光エネルギー変換や電気化学反応、さらに微生物の持つ生体エネルギーを電気エネルギーや化学エネルギーに変換することなどに興味を持ち、研究をしてきました。現在も私の研究室に所属する40名以上の研究者や大学院生らとともにこれらの研究を続けています。
このように、本書は私がこれまでかかわってきた教育と研究の題材を基にして、エネルギー変換について解説したものです。さらに、エネルギー問題や環境問題に関する自分の考えを紹介したという側面もあります。大学での講義や学会発表においては、これらの学問や自説を解説し、議論する場合には、複雑な化学式や、難しげな数式を使うのが一般的です。一方、本書では、一切化学式や数式を使わずに、しかし、できる限り正しくエネルギー変換の本質を解説し、さらに科学の面白さを読者に伝えることを心掛けました。タイトルにした「田んぼが電池に」だけでなく「ゴキブリから水素が」、「ドラえもんのエネルギー源はどら焼き」、「成長する太陽電池」、「深海底が燃料電池」など、通常の科学の解説書には見られない怪しげなキャッチコピーも、結構エネルギー変換の本質を捉えていると理解しています。そのような私の狙いが果たして成功しているか否か、読者のご批判を待ちたいと思います。
<目次>
はじめに 小学生を相手に出前講義
小学4年生のときに夢見たこと
第1時限 エネルギーってなに?
エネルギーは、いろんな形に姿を変える
太陽のエネルギーも核反応によってできる
電気エネルギーのしくみとは?
光合成は私たちの生命活動の基本
食べ物は化学エネルギーを貯めている電池
電気エネルギーとはどういうものか
食べ物のエネルギーとはどういうものか
光は波であり粒子である
◎休み時間◎ダイエットには脳を使うのがいちばん
第2時限 光触媒でゴキブリを分解する
酸化チタンと光で水を分解する
逆反応を有機物で防ぐ
ゴキブリで水素を発生させる
酸化チタンで水素を得る効率は低かった
東京大学のトイレの汚れを除去する
自動車の排気ガスの汚れを分解する
光を当てると水に濡れやすい状態になる
ユーザーが求めているのは何か
◎休み時間◎太陽光エネルギーの大きさ
第3時限 光触媒をつかったさまざまな環境浄化
自然界は物質循環でなりたっている
土壌を汚染する有害物質の浄化
トマトの養液栽培の廃液をどうするか
光触媒では130グラムの分解に6年かかる
大地と同じように反応容器の面積を広くする
光触媒で自動車の排気ガスを処理
活性炭と酸化チタンでシートをつくる
◎休み時間◎9・11テロ事件で、携帯電話から発生したヒ素
第4時限 世界ではじめての田んぼ発電
化石燃料をあてにしていてはいけない
太陽光エネルギーを利用する技術が必要
植物のように生長する太陽電池は可能か
効率のよい微生物燃料電池を開発する
微生物の寿命を延ばすと電池の寿命が延びる
田んぼの微生物で下水を処理する
田んぼを太陽電池にする
◎休み時間◎微生物版リアルたまごっち
第5時限 先端科学が未来をきりひらく
化石燃料の消費量が急激に伸びたのは20世紀後半から
エネルギーを自活する?
バイオマスエネルギーの開発
太陽光エネルギー変換のキーチャレンジ
人工光合成の取り組み
酸素発生のメカニズムを解明する
深海の地殻エネルギーを利用する
地殻エネルギーで初めて電気を発生させる
海底に存在する大きな電流のネットワーク
あとがき