<立ち読み>
(「はじめに」より)
火星にただ1人残された宇宙飛行士を救出するため、NASA(アメリカ航空宇宙局)はロケットを打ち上げた。しかし、ロケットは空中で爆発し、救出ミッションは失敗する。この窮地に手をさしのべたのが中国であった。NASA長官とその一行は北京のミッション・コントロール・センターで、中国の誇る巨大ロケットの打ち上げを見守る。
ハリウッド映画『オデッセイ』のこのシーンは、アメリカと肩を並べる宇宙大国になった中国の姿を描いている。ここには、国際宇宙ステーション計画のパートナーであるロシアやヨーロッパ、そして日本の姿はなく、まるで宇宙はアメリカと中国だけのものになったようである。
このシーンは、しかし現実になる可能性が高い。中国は「宇宙への大躍進」とでもいうべきパワフルな宇宙計画を進めている最中である。2016年12月27日、中国が5年ごとに発表している『宇宙白書』の2016年版(『2016中国的航天』)が発表された。それほど長い文書ではないが、ここには中国宇宙開発のこれまでの成果と、今後5カ年の計画が簡潔に述べられている。今後の計画の中で目をひくのは、全世界で利用可能になる北斗衛星測位サービス、神舟宇宙船による有人宇宙飛行、いよいよ建設がはじまる中国独自の宇宙ステーション、月や火星の探査などである。中国の今後5年間の宇宙開発は、これまでにもまして力強く進められていくことが、この白書から読み取れる。
『白書』は、宇宙開発分野での国際的な関係についてもふれており、特に現代のシルクロード、「一帯一路」地域の国々との関係強化に宇宙インフラを利用することが述べられている。中国の宇宙開発が外交や経済戦略と強く結びついていることを物語っている。
中国の宇宙開発には、『白書』に書かれていないもう1つの顔もある。2007年に大量のスペースデブリ(宇宙ごみ)を発生させた衛星破壊実験や、宇宙に配備する兵器の開発など軍事的な側面である。中国の宇宙開発が人民解放軍主導で進められていることはまぎれもない事実であり、すべての宇宙活動はデュアルユースである。中国は宇宙の軍事利用に関してきわめて積極的な研究開発を進めている。
このように、中国の宇宙開発はいくつもの顔をもちながら進められている。こうした宇宙開発の進め方は、宇宙先進国とよばれる他の国々の進め方とは性格を異にしているといえよう。
2016年に中国は4月24日を「宇宙の日」とすることにした。4月24日は1970年に中国初の人工衛星「東方紅1号」が打ち上げられた記念すべき日である。この日を迎えるにあたり、習近平国家主席は、中国の航空宇宙事業が自力更正と自主的イノベーションによる発展の道を歩んできた歴史を振り返った上で、次のように述べたという。
「『中国宇宙の日』を制定した目的は、歴史を銘記し、航空宇宙事業の精神を継承し、全国民、特に青少年たちの科学に対するあこがれと、未知の世界に対する探究、およびイノベーションする勇気を喚起し、中華民族の偉大な復興という『中国の夢』の実現のために、強大なパワーを集約することにある」
習国家主席のいう「中華民族の偉大な復興」や「中国の夢」は、必ずしもはっきりと定義されているわけではないが、ここで述べられていることは、中国が強大な国家となるためには、宇宙開発がきわめて重要な役割を果たすということである。
習国家主席はしばしば「宇宙の夢」という言葉も使う。「宇宙の夢」とは宇宙強国になることにほかならない。「中国の夢」の実現には、「宇宙の夢」の実現が必要という構図になる。
中国に対してどのような立場をとるのであれ、われわれは中国の宇宙開発について理解を深める必要がある。
中国の宇宙開発はどのような歴史をもっているのか。これまでどのような成果を成し遂げたのか。今後目指すところは何なのか。そして何よりも、中国はなぜ宇宙強国をめざすのか。われわれの手に入る情報はそれほど多くはないが、中国宇宙開発の実情に迫ってみた。
<目次>
はじめに
第1章★中国 宇宙開発の源流
スローガン「両弾一星」に込められた野望/ソ連による援助でミサイルを開発/初の人工衛星「東方紅1号」打ち上げ/現代に続く長征ロケット・ファミリー/有人宇宙飛行への長い道のり/中国独自の有人宇宙飛行計画/有人宇宙船「神舟」の開発/初の有人飛行「神舟5号」
第2章★政府・軍による宇宙開発体制
中国の宇宙開発体制/国防企業を監督する国防科技工業局/民生分野の宇宙開発を行う国家航天局/ロケット・人工衛星・宇宙船開発を行う2つの巨大宇宙企業集団
第3章★ロケットと打ち上げ施設
長征5号、打ち上げに成功/次世代ロケット開発へ/新たな長征ロケット・ファミリー/その他のロケット/ロケットの発射施設
第4章★さまざまな人工衛星とそのミッション
地球観測衛星/気象衛星/測位衛星/通信衛星/科学衛星/小型衛星/軍事衛星
第5章★月・火星探査計画の遠大な思惑
月に送りこんだローバー/有人月面着陸を想定した嫦娥計画/サンプルリターン・ミッション/火星探査技術で目指すもの
第6章★中国の有人宇宙計画
国の威信をかけた神舟11号/1カ月の長期滞在を可能にした天宮2号/大地への帰還/神舟宇宙船の飛行実績/第3フェーズへ/有人宇宙計画の本拠地・北京航天城/月への有人飛行を目指す
第7章★進められている軍事利用
衛星破壊実験/新たなASATミサイルも登場/ハードキルからソフトキルへ/衛星攻撃に対抗する手段/有人軍事プラットフォーム/神龍と東風ZF/着々と進む宇宙軍事利用
第8章★中国はなぜ「宇宙強国」をめざすのか
「中国の夢」と「宇宙の夢」/宇宙に展開する「中国天空軍」/世界の宇宙開発の構図が変わる/宇宙は強力な外交ツール
おわりに