ある成年後見人の手記

2017年8月10日

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松尾康憲 (まつお・やすのり)

ジャーナリスト

1953年生まれ。76年共同通信社入社。87年から2004年まで北京特派員、上海支局長、ハノイ支局長を歴任。現在は放送報道局委員。著書に『現代ベトナム入門 ドイモイが国を変えた』(日中出版)、共訳書に『中国の禁書』(新潮選書)、『性愛の中国史』(徳間書店) 

 2010年5月、神戸家裁に電話で問い合わせた。「幼少より由利子と交流のある、いとこ夫婦が広島県と滋賀県にいるので呼び寄せて会わせたいのですが……」。すると書記官は「大金が掛かりますよ。何のためですか?」。私は「施設の中で単調で孤独な日々を過ごしているのを慰めたい。血族は誰も見舞いに来ないから、姻族でも来てくれるという人を呼びたい。大金って、伯母は3000万円以上持っているんですよ」。

 結局、呼び寄せ許可の申立書を書くことになった。次が、その全文だ。

神戸家庭裁判所接見・財産管理係御中
◎親族呼び寄せの申請
 平成21年(家)第50774号事件で後見人となった松尾康憲です。
 被後見人である伯母、松尾由利子の親族を呼び寄せたく考え、許可を願う次第です。
 広島県福山市に居住する的場徹ならびに滋賀県大津市に居住する三津川伸荘は、いずれも姻族の甥に当たり、幼少の頃より由利子との交流がありました。
 由利子には、姉妹、甥姪など13人の血族が居ますが、私が後見人になった後も、由利子を見舞う者も、それを打診する者も1人も居りません。私たち夫婦が、約2カ月に1回見舞い、タクシーで有馬界隈を周遊させるのが、施設の閉鎖棟で暮らす由利子の孤独を紛らわす、わずかの機会となっています。
 今月6日にも見舞いましたが、足腰も弱り、認知症も進行しているのが見て取れました。有馬周遊すら、いつまで可能か覚束きません。つきましては、的場、三津川夫婦を、今夏呼び寄せ会わせて、会食の機会など設け、ひと時のくつろぎを味わわせてやりたく、申請する次第です。
 なお、今年に入ってからの支出は、貴家裁に提出した予算の枠内で終始していることを付記しておきます。
 よろしく御裁断願います。
           松尾康憲

 他人相手になんで、こんな手紙を書かねばならないのだろう? 嫌で嫌で……。何日も据え置いた末に書き送った。家裁から回答が届いた。申請は書面を要求するのに回答は電話だ。「審判官が呼び寄せを許可しました」。8月22日に両夫婦を呼び寄せ、有馬温泉に一泊、由利子を見舞った。特別支出として計約23万円を計上した。

(iStock.com/Marilyn Barbone)

 この見舞いではハプニングがあった。妻が、由利子用の衣服を携帯するのを忘れ、途中の宝塚市で買って行ったのがスカートだった。由利子に施設の制服のピンクジャージーから着替えさせ外出させたところ、由利子は自分の足元を見るたびに「あっ、スカートや」と、表情を変え喜ぶのである。何度も何度も……。妻たちの間から「伯母さん、女の子なんや」と歓声が上がった。これを毎年1回実現したい。10年8月時点でこう思い、実践してきた。

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