ビジネス文書や雑誌で、当然のように使われる日本語の横書き表記だが、
どのような経緯で現在の形に定着したのかは手付かずの研究分野だった。
日本語学者の屋名池誠教授は、日本語の縦書き・横書きと、
日本の文化・社会とが影響しあう関係について研究している。
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高井ジロル(以下、●印) 先生は小さいときから文字が好きだったんですか。
屋名池 誠(以下、「——」) そんなことはないですね。文字の研究者には文字好きが多いですが、私は並外れて好きなわけじゃない。一つ一つの文字じゃなくて、システムとしての文字に興味があるんです。もともと文法を研究していたことが影響したんでしょうね。文法もシステムですから。
書字方向の研究で調べた資料は、個人のコレクションが公の機関に寄贈されたものが多いんですが、なんでこんなものを集めたのかなぁと不思議に思っていました。だんだんわかってきたのは、コレクターというのは、なんでも出会ったものを集めてしまうものなんですね。たまたま最初に出会って集めたからそれをずっと集めるのであって、違うものに出会っていたらたぶんそれのコレクターになっていたんでしょう。私が文字に興味をもって研究するようになったのも、それに近いものがあると思います。
小さいころは理系に憧れていたんですよ。手塚治虫の全盛期で「科学の子」がもてはやされる時代でしたから。でも理系の才能はないと気づいて、文系に進みました。
●大学で日本語学を選んだきっかけというのは?
——当時、時枝誠記の『国語学原論』という本を読んで、それに影響された面がありました。岩波文庫にも入っている古典です。言葉は機械的に音が並んでいるのではなく我々の主観的な作用を表すものだ、というような内容だったかな。それで言葉の研究っておもしろそうだなと思いました。
私はその頃哲学少年でしてね。いろいろ考えたりしているけど、実は我々の考えというのは、あくまで日本語という枠組みの中でめぐらされているものなんだ、と気づいたんです。考える内容は言葉の影響をものすごく受けているんじゃないかなと。日本語を使う我々は日本語の枠組みでしかものを考えられない。日本語の問題を解決しないと先には進めないんじゃないか、と思ったんです。