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2017年9月22日

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崔 碩栄 (チェ・ソギョン)

ジャーナリスト

1972年韓国ソウル生まれ。韓国の大学で日本学を専攻し、1999年渡日。関東地方の国立大学で教育学修士号を取得。日本のミュージカル劇団、IT会社などで日韓の橋渡しをする業務に従事する。現在、フリーライターとして活動、日本に関する紹介記事を中心に雑誌などに寄稿。著書に『韓国人が書いた 韓国で行われている「反日教育」の実態』(彩図社刊)、『「反日モンスター」はこうして作られた-狂暴化する韓国人の心の中の怪物〈ケムル〉』(講談社刊)がある。

 韓国映画『タクシー運転手』が、韓国国内で注目を集めている。1980年5月に起きた「光州事件」を背景とした、実話に基づいて作られた映画だ。9月18日現在、1215万名の観客を動員し、今年最大のヒット作となった。

2017年最大ヒット作となった『タクシー運転手』(Everett Collection/aflo)
 

 光州事件とは朴正煕元大統領が暗殺(1979年10月26日)された後の混乱期に韓国南西部に位置する光州というところで起きた事件だ。市民デモ隊と軍が衝突し、市民164人、軍人23人、警察4人が死亡した悲劇的な事件だ。韓国内ではこの事件を軍事政権下であった80年代には市民たちが起こした「暴動」として取り扱ってきたが、民主化後には事件に対する評価が見直され、現在は「光州民主化運動」と呼ばれている。さらに事件の犠牲者たちとその遺族たちは民主化の功労者として認められ、国家から補償金の給付、医療費、交通費、光熱費の補助、税金免除、就職や就学時の加算点の付与など、厚遇を受けている。

 映画『タクシー運転手』のあらすじは次のようなものだ。ドイツマスコミの日本駐在記者であったユルゲン・ヒンツペーター(Jürgen Hinzpeter 1937~2016)は光州で動乱が起きているという情報を聞きつけ、現地へと向かった。1980年5月19日に金浦空港へ到着。ここで、たまたま彼を乗せたタクシーの運転手がこの映画の主人公だ。ユルゲン・ヒンツペーターを乗せたタクシー運転手は光州へと向かった。言語的な意思疎通は十分にはできなかったが、数日に渡り行動を共にする中で徐々に信頼関係が築き上げられていく。こうして二人は韓国現代史における最も重要な事件ともいわれる「光州事件」の目撃者となった。

 映画がヒットすると、マスコミを通じて、実在の人物であるタクシー運転手、金砂福(映画の中の役名はマンソプ)にスポットが当てられ、彼は一躍「英雄」となった。だが、彼に対する世間の関心が高まったことで、今度は思いもよらなかったような論争が沸き起こった。

東京特派員 ヒンツペーター、そして謎のタクシー運転手 金砂福

 まず、ユルゲン・ヒンツペーターとは何者なのか。彼はドイツ東京特派員として、長く日本に駐在していた記者だ。彼が光州で撮影した動画は日本を経由してドイツに送られ世界中に拡散した。戒厳軍に対抗しデモを繰り広げる市民たち、市民に向って催涙弾を発射しデモ隊を棒で殴る戒厳軍、戒厳軍の攻撃を受け倒れる市民たちの姿が日本を含む世界各国に配信されると、韓国政府や軍部を批判する世論が形成され、残虐な韓国軍というイメージが定着した。

 戒厳令の下にあった当時の韓国では軍部がマスコミを徹底的に統制していたため、光州でどのような事件が起きているのか、他の地域の国民には知られていなかった。伝えられていたのは光州で大規模なデモが起き、混乱が起きているらしいという程度だ。しかし、国外のマスコミへの軍部の介入には限界がある。ヒンツペーターは閉鎖されていない抜け道を通り光州に潜入、戒厳軍や空港の荷物検査はフィルムを隠してやり過ごした。こうしてヒンツペーターが韓国から持ち出すことに成功した映像は韓国で起こった凄惨な事件の証拠として発信された。

 韓国の一部では、韓国のイメージに悪影響を与えているその映像について「朝鮮総連と韓民統(韓国民主回復統一促進国民会議)が送った御用記者だ」という批判がされてきた。韓民統とは、韓国の朴正煕政府に抵抗するために、当時野党の指導者であった金大中が1973年に日本で在日韓国人らとともに結成した団体だ(結成準備過程で金大中拉致事件が起こったため、結成は在日韓国人 金載華代表代行のもとに行われた)。この韓民統がヒンツペーターを韓国に潜入させ、光州事件を取材させ海外に発信することで韓国政府に対する批判的な世論を作り出したというのだ。

 韓民統は民主化後の1990年に韓国大法院の判決により、北朝鮮政府、及び朝鮮総連にならび「反国家団体」との判断が下された団体であり、韓国では事実上、朝鮮総連の影響下にある「総連系団体」として認識されている。とはいえ、ヒンツペーターと朝鮮総連、 韓民統との接点を示す証拠は確認されていないため、「陰謀論」の一つに過ぎないという見方が大勢であった。

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