WEDGE REPORT

2017年9月22日

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崔 碩栄 (チェ・ソギョン)

ジャーナリスト

1972年韓国ソウル生まれ。韓国の大学で日本学を専攻し、1999年渡日。関東地方の国立大学で教育学修士号を取得。日本のミュージカル劇団、IT会社などで日韓の橋渡しをする業務に従事する。現在、フリーライターとして活動、日本に関する紹介記事を中心に雑誌などに寄稿。著書に『韓国人が書いた 韓国で行われている「反日教育」の実態』(彩図社刊)、『「反日モンスター」はこうして作られた-狂暴化する韓国人の心の中の怪物〈ケムル〉』(講談社刊)がある。

令夫人暗殺犯が利用した「車」の所有者、金砂福

 1974年、文世光事件直後の記事からの引用である。

ホテルの案内デスクは犯人、文世光の執拗な要請により、ドアマンであるオムソンウク氏(36)に犯人を紹介、たまたま別の客を乗せてきたフォード20Mに乗せた。この車はソウル會賢洞1街92の6にあるパレスホテル所属のコールタクシーで、運転手 金砂福(41)氏の代わりに控え運転手 黄寿東(32)氏が運転していた。
-東亜日報 1974年8月17日 「狙撃犯、文世光の入国から犯行まで」-

 記事によると、ソウルに位置する朝鮮ホテルに宿泊していた暗殺犯 文世光は当日、ホテル側にコールタクシーを呼ぶように要請した。朝鮮ホテルには宿泊客専用の車がないと難色を示したのだが、そこに「たまたま」他のホテルに所属するコールタクシーが、客を乗せてやってきた。文世光はこの車両に乗って犯行現状に移動したのだが、この車の所有者が、あの、金砂福だったというのだ。

 この記事に登場する「金砂福」、つまり1974年に暗殺犯 文世光が利用した車両の所有者が1980年に ヒンツペーターを乗せて光州に出かけた金砂福と同一人物であることを裏付けるかのような証言をしているのは他ならぬ金砂福氏の息子だ。

映画ではソウルのナンバープレートをつけた、緑色の個人タクシーが登場するが、実際、金砂福氏は個人タクシーの運転手ではなく、ソウルパレスホテル所属のホテルタクシーを運転する運輸事業者だった。1969年に初めて登場したホテルタクシーは、ホテルの宿泊客を相手に営業していたタクシーで、タクシーとの表示はなく、車種も黒のセダンである。
- KBSニュース 2017年9月9日-

 韓国のインターネットは騒然とした。朝鮮総連が関連していることが明らかになっている「文世光事件」と朝鮮総連、韓民統の関連が陰謀論として囁かれ続けてきた「光州事件」の間に「金砂福」という接点が発見されたのである。そうなると、「陰謀論」は荒唐無稽な主張などではなく歴史の再検証を行うべき課題であると、議論されるようになった。そして、この結果によっては、韓国の現代史の叙述は180度方向が変わることもあり得るのだ。

 だが、光州事件を否定したり、疑ったりすることを依然タブー視する、既存のマスコミは、今も大部分が沈黙を守っている。『月刊朝鮮』が辛うじて、この偶然の一致について報道している程度だが、果たして今後、どの程度マスコミがこの問題に取り組むのかについては未知数である。

 この2つの事件に金砂福という人物が登場する事実は果たして本当に「偶然」だったのだろうか? あるいは、彼は朝鮮総連もしくは韓民統の指示を受けた工作員だったのだろうか?

陰謀論は陰謀論のままか? あるいは隠された歴史の発見か?

 韓国では政府から民主化運動として公認された光州事件について、既存の認識を疑ったり、否定したりすることは、慰安婦問題の否定論者と同様の扱いを受けることになる。北朝鮮介入説、朝鮮総連介入説はインターネット上などでのみ噂される「陰謀論」にすぎず、実名で真剣に北朝鮮介入説を発表した人などは、世間からの激しい非難のみならず、法的な制裁まで受けてきた。それゆえに、マスコミ、歴史たちの間ですら光州事件に対して懐疑を抱くことはタブー視されているし、慎重にならざるを得ないのであろう。

 だが、点と点を繋ぐ「金砂福」という名前がもたらした衝撃は陰謀論として蓋をしてしまうにはあまりにも大きい。検証したところで、結果がやはり所詮は陰謀論に過ぎなかった、という結論に至る可能性もゼロではない。それでも、真剣にこの陰謀論に向き合うこと、例えばヒンツペーターが長い時間をかけて何を取材し、報道してきたのか、韓国国内だけではなく日本国内での彼の活動を検証すること、それは歴史的事実を確認するための鍵となるかもしれない。乱暴な言い方かもしれないが、曖昧に幕引きが図られた感が否めない文世光事件。北朝鮮の脅威が伝えられる今だからこそ、韓国社会はもちろん、日本社会もこの事件にもう一度きちんと向き合うべきではないだろうか。

  
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