使えない上司・使えない部下

2017年10月25日

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吉田典史 (よしだ・のりふみ)

ジャーナリスト・記者・ライター

ジャーナリスト。1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年から、フリー。
主に、人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。『悶える職場』(光文社)、
震災死』『あの日、「負け組社員」になった…―他人事ではない“会社の落とし穴”の避け方・埋め方・逃れ方』(ダイヤモンド社)『封印された震災死』(世界文化社)など。

お金を儲けることができる選手に育てあげるのは難しい

 俺は、体が小さい。背は180センチしかない。これでは、トップになれないと思っていた。だから、技術を磨いて生き抜こうと当時から決めていた。そして、相手の持ち味を引きだせるレスラーになろうと思っていた。あの頃、(日本プロレスの)吉村道明さんのようになりたかったんだ。

 吉村さんは、(ジャイアント)馬場さんや(アントニオ)猪木さんの引き立て役に徹していた。自分の技や技術ばかり見せ、「俺が、俺が…」と前面に出ようとする選手がいるけど、そんなことはしない。

 吉村さんは力がありながらも、あえて主役にならない。あのように、自分の役割をよく心得て、その役割をきちんとこなすことができる。それが、いいレスラーだと思う。

 坂口さんは、当時も今も謙虚だよ。今でも、俺のことを「めら(米良)ちゃん」と呼んでくれる。1980年代、俺はアメリカでブレイクしていた。彼がシカゴにまで来て誘ってくれた。「帰国したら、新日本のマットに上がってくれないか」と。ありがたいけど、(全日本の社長の)馬場さんへの義理があったから断った。

 会社でも、上司が優秀な部下に嫉妬し、つぶしてしまうことがあると聞くね。俺も若い頃、先輩たちからやられた。さんざんとね。毎日、ぐちゅぐちゅに。だから、後輩ができたときには、つぶさないようにしていたんだ。つぶすのは簡単だけど、お金を儲けることができる選手に育てあげるのは難しい。

 だけど、例外もある。たとえば、サンダー杉山やグレート草津。彼らは俺よりも年齢が上だった。サンダーは、大学でレスリングの優秀な選手だった。入門早々にいきなり、「坊や」となめた物言いで接してくる。だから、リングの上で闘って、顔を殴りつけてやった。鼻血が大量に出ていた。それ以降、俺のことを怖がっていたようだった。草津はねぇ…。

 あの頃は、なめられてたまるか! そんな思いを強く持っていた。先輩レスラーにバカにされ、しごかれ、つぶれていく若手は多かった。ヘッドロックをされて口の中がザクロのように切れて、1日2日で逃げていく奴もいた。自分を守ることができるのは自分だけだったんだ。

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