田部康喜のTV読本

2018年2月8日

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田部康喜 (たべ・こうき)

東日本国際大学客員教授

福島県会津若松市生まれ。幼少時代から大学卒業まで、仙台市で暮らす。朝日新聞記者、朝日ジャーナル編集部員、論説委員などを経て、ソフトバンク広報室長に就任。社内ベンチャーで電子配信会社を設立、取締役会長。2012年春に独立、シンクタンク代表。2015年10月から東日本国際大学客員教授として地域振興政策を研究、同大・地域振興戦略研究所副所長を兼務。

 NHK未解決事件シリーズFile.6は、朝日新聞阪神支局の小尻知博記者を散弾銃によって射殺した事件をはじめとする一連の「赤報隊事件」に、実録ドラマ(1月27日)とドキュメンタリー(28日)で迫った。この番組についてはすでに、大きな反響を呼んでいる。再放送が待たれる力作である。

(iStock/Razvan)

 実録ドラマは、朝日新聞のなかにつくられたこの事件の犯人と背景を追う「特命取材班」を率いた、樋田毅さんを演じる草彅剛が中心となって展開する。ドキュメンタリーは、NHKの取材班が当時の捜査担当者や極秘の資料などをもとにして、犯人を追う。

 樋田さんは、私事ながら朝日新聞に1978年に一緒に入社した敬愛する記者である。昨年末に朝日新聞を退社し、近く岩波書店から『記者襲撃 赤報隊事件30年目の真実』と題した著作を出版する。このコラムの読者にはぜひ、手に取っていただきたい。そこには、NHKのドキュメンタリーによって明らかにした事実とは、視点が異なる内容が盛り込まれているようである。

赤報隊による事件は続く

 「赤報隊事件」が言論機関を襲ったテロとして、社会に衝撃を与えたのは、1987年5月3日午後8時15分ごろ、西宮市にある阪神支局に、目出し帽をかぶり眼鏡をかけた男が散弾銃を持って忍び込み、夕食後にくつろいでいた小尻記者と犬飼兵衛記者に散弾を打ち込んだ。犯行に及んで犯人は終始無言だった。小尻記者は死亡し、犬飼記者は重傷を負った。もうひとりの高山顕治記者にも銃口を向けたが、それだけで犯人は逃げ去った。

 犯人は、身長160㎝から165㎝、年齢は20歳から40歳の男性と推定された。

 樋田毅記者(草彅剛)は朝日新聞大阪本社の社会部記者で事件当日、テレビのニュースで惨事を知ると阪神支局に電話をしたが、先にかけつけていた社会部デスクに自宅待機を命じられた。翌朝から取材陣に加わったときには、小尻記者は死亡していたのだった。

 赤報隊は複数の報道機関に対して、犯行声明文を送り付けた。「反日分子は極刑あるのみ」と朝日新聞の社員を殺すことを表明していた。

 大阪社会部は、樋田記者ら4人を選んで「特命取材班」を立ち上げた。担当のデスクは次のように命じた。

 「ひたすら犯人を追え。記事は書くな。事件の真相を究明することが新聞記者の使命だ」

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