栖来ひかりが綴る「日本人に伝えたい台湾のリアル」

2018年3月20日

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栖来ひかり (すみき・ひかり)

台湾在住ライター

京都市立芸術大学美術学部卒。2006年より台湾在住。日本の各媒体に台湾事情を寄稿している。著書に『在台灣尋找Y字路/台湾、Y字路さがし』(2017年、玉山社)、『山口,西京都的古城之美』(2018年、幸福文化)がある。 個人ブログ:『台北歳時記~taipei story』

 涙が止まらずエンドロールが終わった後も席を立ち上がれない。主人公とほぼ同世代なのもあるが、映画の中に登場するエピソードの大部分が、これまで身近な台湾人たちが話してくれた昔の記憶とダブって、リアリティを背負って迫ってくる。皆こうして大きくなったんだなあという感慨に加え、アニメーション産業不毛の地と言われた台湾で、こんなにもクオリティの高い作品が生まれたことが嬉しくて、暖かいお湯で心が満たされるようだった。

台湾映画『オンハピネスロード(原題:幸福路上)』(C)幸福路映畫社有限公司

現代台湾史を理解するためのバイブル的な作品

 先日行われた「東京アニメアワードフェスティバル2018」において、コンペティションの長編部門でグランプリを獲得した『オンハピネスロード(原題:幸福路上/監督:宋欣穎/2018)』。台北郊外に実在する「幸福路」で育った一人の少女の成長を追いながら、戒厳令時代を経て民主化した現代台湾の大きなうねりを背景に、「幸せとはなにか?」を描いた。

 一見『ちびまるこちゃん』のようなほのぼのとした雰囲気だが、政治・社会的メタファが各所に慎重に埋め込まれ、現代台湾史を理解するためのバイブル的な作品ともいえそうだ。主人公の声をグエイ・ルンメイ(桂綸鎂)、また日本でも全国公開された台湾映画『KANO』のプロデューサーで映画監督のウェイ・ダーション(魏徳聖)も声優をつとめている。


 


 発表直後から受賞のニュースは台湾でも大きく伝えられたが、中でも宋欣穎監督が苦労したのが資金繰りだったという記事(「幸福路上」一路走得辛苦 導演宋欣穎:拒絕中國資金/自由時報)は印象的だ。製作に掛かった総費用は6000万台湾元(日本円で約2億2千万円)。最初の資本だけでは足りず、アニメーション産業のない台湾で投資者を集めるのは困難を極めたが、監督は言う。

 「それでも断固として中国の資金だけは受け入れなかった」

中国資本は「危険な麻薬」

 『オンハピネスロード』は少女の成長物語であるが、同時に、台湾民主化の過程も綿密に描く。多様性の受容や、米中という「父権」から離れ自立を目指すような暗示も読み取られるため、もし中国資本が入れば脚本や演出に大きな影響をおよぼし、現在の完成作とはだいぶ異なるものになったに違いない。苦境をのりこえ自ら想い描いたとおりの作品を完成させた宋監督に拍手喝采を送りたいが、実際に中国資本は台湾エンタメ界にとって麻薬のようなもので、魅惑的な甘い汁とは裏腹に、とてつもないリスクも孕んでいる。

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