赤坂英一の野球丸

2018年3月28日

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 のっけから宣伝めいて恐縮だが、現在甲子園で開催中の選抜高校野球、第90回記念大会には、拙著『野球エリート 野球選手の人生は13歳で決まる』(講談社+α新書)で紹介した球児が出場している。大阪桐蔭(大阪)3年・根尾昂、東邦(愛知)2年・石川昂弥だ。どちらも4番を打つ中軸打者で、内野手と投手を兼ねる二刀流。根尾は昨年の選抜で甲子園デビューし、スポーツ紙に「外野まで守れる三刀流」と騒がれ、決勝では優勝投手にもなった。阪神をはじめ複数の球団のスカウトがマークしており、今秋のドラフト会議で上位指名されるのは間違いない。

(jossdim/iStock)

 根尾は中学時代、岐阜県の飛騨高山ボーイズの4番兼エースとして活躍、そのころから高校球界で注目の的だった。一番最初にスカウトにやってきた慶應をはじめ、全国から数多の強豪校が続々と来訪。根尾本人と両親に直談判させてほしい、と申し入れてきた名監督もいる。野球の世界で「スーパー中学生」と呼ばれるようになった選手も、根尾が最初ではなかっただろうか。

 飛騨高山ボーイズの森本健吾監督によると、地元で根尾が評判になった時期はもっと早く、古川西クラブでプレーしていた小学生時代だったそうだ。小学6年生でプロの中日が主宰するドラゴンズジュニアのメンバーに選ばれ、近隣地区のボーイズリーグやシニアリトルリーグの強豪から勧誘された。試合や練習の日は車で送り迎えする、という破格の条件を提示したチームもあったほど。

 小学生時代から注目されていたのは、東邦の石川も同様だ。東邦OBでもある父・尋貴が幼少期から英才教育を施し、小学生時代には地元で厳しさに定評のあるツースリー大府に入団。根尾の1年後にドラゴンズジュニアにも選ばれている。中学生になって知多ボーイズに入るころには、尋貴は周囲の東邦OBに「昂弥はウチの高校に入れてくれよ」と迫られるまでになっていた。当然、全国の強豪校から誘いがあり、根尾を獲得した大阪桐蔭の西谷浩一監督も争奪戦に参戦する中、石川は父親の意を汲んで東邦へ進んだ。

 それにしても、小学生ぐらいで野球の才能やセンスの有無が本当にわかるのだろうか。私も含め、経験に乏しい素人には容易にうなずきにくいが、私が取材した少年野球の指導者は「ある程度はわかる」と口をそろえた。しかも、「年齢が低ければ低いほど、生まれ持った素質がよりはっきり見える」のだそうだ。例えば、神奈川県の都筑中央ボーイズの都築克幸監督はこう言っている。

「キャッチボールにしろ、バットスイングにしろ、中学生以上の子供は親や指導者に教えられた通りにやろうとするでしょう。でも、小学生までは投げたいように投げたり、打ちたいように打ったりしている。そこに、その子の生まれ持ったセンスが出るんです。甲子園に行けるようになる子は、ふつうにボールを投げさせても、バットを振らせても、最初から優れた選手になりそうだな、という可能性が感じられるものです」

 そう語る都築は、かつて日大三で高校球界きっての1番打者として鳴らし、2001年夏の甲子園で史上2位の大会通算16安打(打率5割7分1厘)をマーク。ドラフト7位で入団した中日では一軍に昇格できなかったものの、二軍で4年間プレーした実績を持つ。

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