メイドインニッポン漫遊録 「ひととき」より

2018年6月26日

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いであつし (いで・あつし)

コラムニスト

1961年、静岡県生まれ。コピーライター、「ポパイ」編集部を経て、コラムニストに。共著に『“ナウ”のトリセツ いであつし&綿谷画伯の勝手な流行事典 長い?短い?“イマどき”の賞味期限』(世界文化社)など。
 

新世代が染めるジャパンブルー

(写真上)スタジオに吊るされた天然の藍で染めた糸の束はオリジナル製品に使用される
(写真下)欧州のワークシャツをベースにした身幅をたっぷりとったオリジナルシャツ。着込んで天然藍の色落ちを楽しめる。税別38,000円

  ジャパンブルーと呼ばれるナチュラルインディゴ(天然の藍)で染めたデニムのようなケン玉を見つけたのは、東京・渋谷のお洒落なホテルのギフトショップである。ケン玉には小さくBuaisouと英文字が入っていた。また渋谷のセレクトショップでは、ジャパンブルーに染めたアメリカンフラッグがモダンなインテリアとして売られていた。お店の人に尋ねると、これも「ブアイソウとコラボしました」と教えてくれた。いったい、ブアイソウって何だ?

 「BUAISOU(ぶあいそう)」とは、徳島県を拠点に、藍の栽培から染色、仕上げまですべてを一貫して行っている、新世代の若き藍師・染師たちである。

 NYのブルックリンやLAでワークショップを開催、その活動は海外でも高く評価され、多くの国内外のセレクトショップや有名ブランドともコラボレーションしている。徳島の彼らのスタジオでは、一枚一枚手作りの天然藍で染めたシャツやバンダナやTシャツなども販売している。

 むむむ、ジャパンブルーのシャツやTシャツとな。デニムにはちとうるさい筆者としては実に気になりますね。これはぜひともBU
AISOUのスタジオを訪ねてみたい。そこで今回は徳島まで旅して来たのであります。

徳島の藍に魅せられた若者たち

 徳島県は昔から藍の産地で知られている。その歴史は江戸時代初期にさかのぼる。県内を流れる吉野川は四国三郎という異名を持つほどの暴れ川であった。氾濫の繰り返しによって運ばれた土が藍作にふさわしい肥沃な土地を作り、吉野川流域は藍染の原料となる「すくも※1」の一大産地となった。このすくもや藍染の品々は品質の高さと圧倒的な量から「阿波藍」と称されて、全国へ供給されていた。

染料の材。左から、藍の葉、すくも、灰汁、貝灰、ふすま(小麦を粉にする際できるクズ)

 しかし時代は移り変わり、安価な化学染料が出回るようになると、藍を栽培してすくもを作る「藍師」と呼ばれる職人の数も激減。今ではもう数えるほどしかいない徳島の藍師たちが作るすくもが、貴重な日本の天然藍、ジャパンブルーを支えているのである。藍染を志す人にとって徳島の天然藍は、その源流ともいえる魅力的な〝青〟なのだ。

※1 藍の葉を原料に作られた染料

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