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2018年6月7日

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樫山幸夫 (かしやま・ゆきお)

産經新聞元論説委員長

産經新聞元論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員などを経て、2015年6月から産経新聞社監査役。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。

 ロバートF・ケネディ氏といっても、今の若い人には、なじみが薄いかもしれない。暗殺されたジョン・F・ケネディ米大統領の実弟といえば、「そうか」と思う人もいるだろう。兄の政権で司法長官をつとめ、その死後、遺志を継ごうとしたものの、大統領選の最中に、兄同様暗殺された。

 6月6日はちょうど50回目の命日だった。半世紀という節目にあって、ロバート氏の暗殺をめぐっても、その真相をめぐる憶測かまびすしい。現場に居合わせて巻き添えを食った友人や、ケネディ議員の家族が、犯人とされた人物の単独犯行説を否定、事件の再捜査を求めるなど、真相解明を望む声が再び高まることも予想される

ロバート・F・ケネディ氏(Photo by Harry Benson/Express/Getty Images)

長女、次男が再調査求める

 6月5日付の米紙「ワシントン・ポスト」は、故上院議員の友人で、事件当時、近くにいて流れ弾で負傷したポール・シュレード氏(93歳)の証言を掲載。シュレード氏は、他にも銃を発射した者がいて、ケネディ氏に致命傷を与えたのは、それらの銃弾だったとの見方を示した。

 同じ記事で注目を引いたのは、長女で元メリーランド州副知事、キャスリーン・ケネディ・タウンゼンド女史の写真だ。「再調査が必要」とコメントし、半世紀を経た今も、「真相」に納得していないことを明らかにした。

 同紙はこれに先だって先月、故上院議員の次男、ロバート・ケネディ・ジュニア氏が2017年12月に服役中の犯人に刑務所で面会したと報じた。同氏は「あなたが父を殺したとは思わない」と伝えたといい、ロバート・ジュニア氏は、「違う人が父の殺害で有罪を宣告されたかもしれない」と、キャスリーン女史と同様の懸念を持っているとことをうかがわせた。

予備選勝利直後撃たれる

 ロバート・ケネディ氏はどんな人物で、その暗殺の状況はどうだったのか。

 大統領の8歳下の当時42歳。1963年11月に大統領が暗殺された後に司法長官を辞し、1965年からニューヨーク州選出の民主党上院議員として活躍していた。1968年春、ジョンソン大統領(ケネディ政権の副大統領、暗殺を受けて昇格)が、同年11月の大統領選への不出馬を表明したため、急遽、自らが出馬することを決断した。6月4日夜、カリフォルニア州の予備選で勝利をおさめ、ロサンゼルス市内のホテルで大勢の支持者らを前に勝利演説を行った直後、拳銃で頭部、背中を撃たれて6日に死亡した。

 パレスチナ系移民で当時24歳の青年、サーハン・サーハンが現場で取り押さえられ、起訴された。動機はケネディ議員が親イスラエルであったことに反発したためといわれる。翌年、終身刑の判決を受け、70歳を超えたいまも服役中だ。

 兄の大統領暗殺事件をめぐっては、さまざまな憶測が飛び交い、あまたの著作や映画を通じて真相に迫る試みがなされてきたのはよく知られるところだ。ロバート氏の暗殺についても1970年代に再捜査が行われたこともあるが、サーハン受刑者の単独犯行を覆すあらたな証拠は見つからなかった。
 
 6月5日付けのポスト紙は、シュレード氏の証言などをもとに、暗殺についての疑問をあらためて投げかけている。

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