オトナの教養 週末の一冊

2018年7月6日

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本多カツヒロ (ほんだ・かつひろ)

ライター

1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。ブログ:http://golazo-sala.cocolog-nifty.com/pinga/

 安倍政権は憲法改正に積極的な動きを見せているが、過去を振り返ると憲法について世論はどう反応し、政治家たちはどのような動きを見せてきたのか。戦後70年の世論調査を分析し、日本人が憲法とどう向き合ってきたかを詳らかにしたのが『憲法と世論 戦後日本人は憲法とどう向き合ってきたのか』(筑摩書房)だ。著者で首都大学東京の境家史郎教授に、憲法改正をめぐる変遷や世論について話を聞いた。

(AlexLMX/iStock/Getty Images Plus)

――本書を読み、憲法9条は憲法制定当初から支持されていた、とされるこれまでの思い込みが覆されました。

境家:私自身も研究を始めるまでは「自民党支持者は野党支持者に比べ、はるかに改憲派が多いだろう」「1980年代までは護憲派が圧倒的に多い」などのステレオタイプなイメージを持っていました。過去の世論調査を分析し、こうしたイメージを裏付けることができればと考えていましたが、覆されることもありました。そのうちのひとつが「憲法制定当初から9条は圧倒的多数の国民から支持されていた」という神話です。この神話は、政治関連をはじめ、さまざまな本に幾度となく登場します。

 神話のもとになっているのは、毎日新聞が戦後間もない1946年5月に実施した世論調査です。「戦争放棄の条項を必要とするか」という質問に対し、70%が「必要」と答えている。しかし、同調査をよく読むと、調査対象は2000名の有識階級と毎日新聞も書いている通り、大卒者が1割にも満たない時代に大卒者が39%、農業従事者が人口の約5割を占めていた時代に6%、女性13%と人口構成から遠くかけ離れた調査対象となっている。これを国民の総意として拡大解釈することはできない。世論を形成する国民という母集団の精巧なミニチュア版を作成する無作為抽出法(ランダム・サンプリング)の技術がほとんど知られていなかったことが影響しているのかもしれません。

 しかし、数年後に行われた1950年代の各世論調査を見ると、全体のトレンドとしては改憲派が圧倒的に多い結果となっています。

――現在では改憲派=9条改正、護憲派=9条維持といった議論になりがちですが、憲法改正と一口に言っても9条のみの問題ではありません。戦後、改憲、護憲の議論はどのように進んできたのでしょうか?

境家:おっしゃる通りで、憲法改正でどこをどう変えるのかという論点は時代によって違うわけです。1951年にサンフランシスコ講和条約を締結し、翌年に主権を回復した1950年代は「GHQが押し付けた憲法だ」とし、保守政党は自主憲法を制定しようと全面改憲論を訴えます。当時の保守政党の自主憲法案には、天皇の元首化や人権の制限、参議院議員の推薦制などが含まれ、明治憲法を思わせる復古主義的な案でした。

 しかし、こうした全面改憲論は1960年代以降トーンダウンします。この背景には、60年安保の影響があると考えられる。安保闘争自体は、憲法問題そのものではありませんが、改憲を口にすれば、同じような反発が起きる可能性を考慮してのことだと思います。天皇制について言えば、象徴天皇制で議論は落ち着いていく。

 他方で、高度経済成長期に入っても、自衛隊と日米安全保障条約は違憲ではないか、という議論は社会党を中心に繰り返し提起され、次第に論点が9条に絞られていきます。

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