オトナの教養 週末の一冊

2018年5月24日

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本多カツヒロ (ほんだ・かつひろ)

ライター

1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。ブログ:http://golazo-sala.cocolog-nifty.com/pinga/

 無縁社会、孤独死、SNSの普及によるコミュニケーションの変化。90年代以降、携帯電話やインターネットの普及とともに、そこに「つながりの格差」があるような指摘を度々目にする。しかし、社会関係は本当にそこまで劇的に変化しているのか。時系列データに基づいて、過去と現在の社会関係を分析したのが『変わりゆく日本人のネットワーク』(勁草書房)だ。今回、編著者である日本女子大学人間社会学部の石黒格准教授に、この約20年間で「日本は本当に無縁社会になっているのか」や、変わったもの、変わっていないものについて話を聞いた。

(iStock/imtmphoto)

――現代は、インターネットやSNSの普及により人間関係が劇的に変わったとされる一方で、孤独死が象徴するように無縁社会になったと度々指摘されています。しかし、本書を読むとこれまでICTの普及期に、どれくらい社会関係が変化したかというデータに基づいた分析が日本ではあまりなかったのですね。

石黒:携帯電話が普及し始めた15年ほど前から、一部の研究者は若者のコミュニケーションがネガティブな方向に変化したと主張し、別の研究者は、変化したかもしれないが問題にするほどではないと反論していました。ただ、携帯電話の普及前後のデータを比較した議論はほとんどなかった。無縁社会に関わる研究も、人間関係そのものというより、そのほとんどが日本人の考え方などをターゲットにしています。

 一方、欧米では携帯電話の普及前後のデータを分析し議論を戦わせている。たとえば、カナダのイーストヨークという街で行われた1970年代と2000年代の調査を比較した研究は非常に画期的でした。こうした携帯電話普及以前、以後の社会関係や人間関係を分析した研究が欧米では盛んで、スマートフォンやSNS、あるいは若者を批判するにしても、データを根拠にできるようになっています。

――日本ではイメージや都合の良いデータを使い議論しているのに対し、欧米では時系列データに基づいて議論している。その差はなぜでしょうか?

石黒:アメリカは、研究者が自分の調査データを公開することに積極的なことに加え、GSS(総合的社会調査)という社会調査に、これまでに3回、親しい人間関係に関する調査項目が入っていることが大きいでしょう。こうしたデータを、誰もが利用できる。日本でも、90年代から、人間関係を調査する試み自体は数多くあるのですが、このデータがなかなか公開されなかった。あるいは、時系列比較ができないような計画で調査がされていた。

 しかし、非常に幸運なことに1993年に埼玉県朝霞市と山形県山形市の人間関係を調べたデータが近年になって公開されました。私たちは、このデータを利用し、さらに2014年に同じ地域で、同じ質問で調査をすることができた。それで、約20年間の社会関係の変化を分析できるようになったのです。

――2つの市のデータを分析した結果、この約20年間で無縁社会をはじめ、社会関係に大きな変化はあったのでしょうか?

石黒:無縁社会などが議論される際に、この数十年間で減少したとされる関係性は、血縁、社縁、地縁です。これらの関係は、一人ひとりが好みに応じて選べるわけではない。つまり選択可能性が低い関係だと言えます。携帯電話、ICTの普及以降、好みに応じて付き合いができるようになり、人間関係の選択可能性が高まったと言われています。こうした変化を背景に、人々が選択的につきあう関係の代表である、友人の増減も加えて検討しました。

 そうした前提のもと、今回行った研究でわかったことは、無縁社会と密接な関係のある、頼りにすることができる人の数は、男性では、血縁、社縁、地縁のいずれも減少し、女性では血縁、地縁が減少していました。合計した数で見ても減少していて、特に高齢の男性では90年代では合計15人だったのが、現在は10人と3分の2に減少していました。

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