最後の黙祷、最後の思い
Q それに対して地元の人たちはどんな反応でしたでしょう。
A 感謝してくれましたよ。横田基地へ向けて、南三陸を去ったのは3月19日のヒトヨンサンマル(午後2時半)でした。その前に、地元の人たちと一緒に、1分間の黙祷をしました。
Q 横田基地ではどんなことが?
A 米軍が、われわれの放射能レベルを計測してくれました。
Q オーストラリアのマレー・マクレーン大使とも話しましたか。
A 大使はわれわれの活動に感謝してくれました。われわれが言ったのは、できることならもっとやりたかったということです。でも、救難作戦はこれで終わりで、今後は復興の段階へ入っていくだろうということでした。
Q マクニールさんに、そのとき浮かんだ思いはどんな?
A もっといたい、ということでしたね。できることなら。消防士たちを、できる限り助けていたかった、と思いました。あと少し、長く協力することができたかなという気はしました。でも、われわれは捜索救助隊で、大型の重機などは持ち合わせません。しおどきだろう、と。これからは復興への戦いなのだし、と。それが現実なんだから、ということでした。
どうもありがとうございました。(使用した写真は、すべてニューサウスウェールズ州消防局のサイト http://www.fire.nsw.gov.au/gallery.php?id=953&item=186 から)
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