2030年のエネルギー・電力供給の構成目標を定めたエネルギー基本計画案概要が、4月末に発表された際に一部のマスメディは「22%から24%とされた再生可能エネルギーによる電力供給比率がドイツなどより低い。もっと引き上げるべき」と伝えた。エネルギー政策の目的は、安価で環境性能に優れたエネルギー・電力を安定的に消費者に届けることだ。このマスメディアの報道は、再エネの比率を上げることによりエネルギー政策の目的が達成されるとの誤解に基づくものだ(「自給率90%でも米国が電源の多様化を図る理由」)。
マスメディが見習うべきと伝えた「再エネ先進国ドイツ」は、石炭・褐炭による発電に供給の40%を依存している。二酸化炭素排出量が相対的に多い石炭火力発電所の閉鎖が、ドイツ政府が設定した2020年の温室効果ガス排出目標達成には不可欠だったが、石炭火力発電所の閉鎖は電気料金の上昇を招き、石炭関連産業で働く4万6000人の雇用に影響があるとして、ドイツ政府は当面の石炭火力発電維持と2020年の温暖化目標の放棄を決定した。
メルケル首相が「温暖化よりも優先されるべきは雇用」と発言し、欧州委員会(EC)が定めようとしている2030年の再エネ比率目標においては、ドイツはエネルギー価格が上昇し、産業に悪影響があるとして、高い目標設定に反対した。さらに、ECが定めようとしている2021年以降の自動車からの排ガス規制についても副首相兼外務大臣と経済・エネルギー大臣が、自動車産業に影響があるとして厳しい規制値設定に反対を表明し、ECへの働きかけを行った。
日本の再エネ推進に熱心なマスメディが「見習え」と持ち上げるドイツは、再エネ導入がもたらしたエネルギー価格・電気料金上昇の弊害に悩み、経済・雇用優先の姿勢を鮮明にし始めた。日本はまさにドイツを見習うべきかもしれない。
メルケル首相「二酸化炭素排出量より優先するのは雇用」
昨年9月の総選挙の結果、メルケル首相が率いるキリスト教民主同盟(CDU)と姉妹政党キリスト教社会同盟は第一党となったものの議席を大幅に減らすこととなり、他党との連立による政権維持が必要になった。選挙前まで大連立を組んでいた社会民主党(SPD)が当初連立不参加を表明したため、メルケル首相は、自由民主党と緑の党との連立を目指した。
しかし、この連立交渉は11月に暗礁に乗り上げた。理由は、難民政策とエネルギー政策を巡る溝が埋まらなかったことだった。緑の党は当初2030年までに内燃機関を利用する車を禁止することと石炭火力20基の2020年までの閉鎖を求めた。内燃機関車禁止については現実的目標ではないとして緑の党はその後撤回したが、石炭火力ついては緑の党は大きな譲歩を行わず、他党も即座の閉鎖は困難とし譲歩せず連立交渉は打ち切りとなった。
その後、メルケル首相はSPDとの連立交渉を開始するが、交渉開始後まず合意がなされたのは2020年の温室効果ガス排出目標の放棄だった。ドイツの温室効果ガス排出量は図‐1の通り推移しており、2020年の目標達成には、緑の党が主張したように石炭火力発電所の閉鎖が必要だったが、雇用と電気料金への影響を懸念したCDUとSPDは、石炭火力の廃止は困難とし、あっさりと温室効果ガス目標放棄を決めた。
フランスは2021年、英国とイタリアは2025年までに石炭火力発電所を全廃することを決めているが、フランス、英国とドイツの発電量実績(図-2)を見れば、ドイツが石炭火力を閉鎖することの難しさが浮き彫りになる。石炭火力を廃止すれば、二酸化炭素の排出量は削減されるが、電気料金上昇、場合によっては電力不足さえ招く可能性がある。
6月初旬、ドイツ政府は石炭火力発電所閉鎖の時期を検討するため31名からなる石炭委員会を設立し、検討を開始した。その会合に出席しスピーチを行ったアルトマイヤー経済・エネルギー大臣は、温暖化問題と同様に雇用の維持は重要課題であるとしたが、6月中旬に開催された気候変動に関する会議に出席したメルケル首相は更に明快だった。
欧州各国の環境大臣を前に、「変化は起こっているが、二酸化炭素排出量第一ではなく、労働者のことを第一に考えている。もし二酸化炭素排出量が労働者の運命より重要と考えられるとの印象を持っているとすれば、それは受け入れられない」とメルケル首相は述べたと伝えられた。