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2018年7月19日

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小泉悠 (こいずみ・ゆう)

財団法人未来工学研究所特別研究員

1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。民間企業を経た後、2008年から未来工学研究所。09年には外務省国際情報統括官組織で専門分析員を兼任。10年、日露青年交流センターの若手研究者等派遣フェローシップによってモスクワの世界経済・国際関係研究所(IMEMO)に留学。専門は、ロシアの軍事・安全保障政策、軍需産業政策など。著書に軍事大国ロシア』(作品社)、『プーチンの国家戦略』(東京道堂出版)『ロシアの軍事情報を配信するサイト「World Security Intelligence」(http://wsintell.org/top/)を運営。

 2018年7月16日、フィンランドの首都ヘルシンキで米露首脳会談が行われた。予定を超える2時間の首脳会談と閣僚を交えた拡大会合の結果は、しかし、乏しいものであったと言わざるを得ない。期待されていた核軍縮条約の延長をはじめとして具体的な合意はなく、「関係改善」という玉虫色の文言が踊ったのみであった。また、2016年の米大統領選に対するロシアの介入などなかったというプーチン大統領の見解にトランプ大統領が同意し、自国の情報機関を公然と批判して見せたことも米国内で強い反発を招いた。

 だが、ロシアから見れば、この会談は総じて悪いものではなかったと言える。以下、ロシアの思惑からこの会談について考えてみたい。

(REUTERS/Kevin Lamarque/Aflo)

はじめから望み薄だった成果

 そもそも米露首脳会談は米国側が働きかけたものとされる。トランプ政権の思惑については筆者の専門から外れるが、ロシア疑惑で揺れる政権の立場を(トランプ大統領から見た)外交的成果によって固め直し、11月の中間選挙につなげることが目的であったという解説が大方のところであるようだ。

 では、ロシアはなぜ会談に応じたのだろうか。

 米国がロシアにとって都合のよい合意に応じる可能性は、当初から低いと見られていた。トランプ政権成立時にロシアが期待していたのは、2014年のウクライナ領クリミア半島の強制併合を米国が容認すること、NATOの東方拡大をこれ以上進めないこと、ロシアに対する経済制裁を解除することなどであった。しかし、トランプ政権は発足直後からロシア疑惑によって身動きが取れなくなくなり、2018年には対露制裁強化法の成立によって議会の同意なしには制裁解除を行うこともできなくなった。

 また、ヘルシンキでの会談直前に開催されたNATO首脳会議では、旧ソ連のウクライナとグルジアを将来的にNATOに加盟させるとした2004年のブカレストNATO首脳会議の方針が再確認されるなど、米露首脳がどれほど友好ムードを盛り上げようともロシアの望む具体的成果を得ることは最初から難しい状況であった。

 一見すると、ロシアが米露首脳会談に応じるメリットは薄かったように思われる。

欧州への揺さぶり

 それでもロシアが首脳会談に「乗った」理由は主に二つ考えられよう。

 その第一は米欧の分断である。NATO首脳会談においてトランプ大統領は欧州諸国の防衛費増額に一定の評価を与え、米国が今度ともNATOに関与していくことを約束しはした。その一方、トランプ大統領はロシアからの新ガス・パイプライン計画に関して「ドイツはロシアの人質だ」としてストルテンベルクNATO事務総長に激しく詰め寄り、ブルガリア大統領との会談では、欧州諸国が防衛費を(現在の目標である)GDPの2%から4%へと倍増すべきであると述べるなどして大いに注目を集めた。欧州諸国にしてみれば、果たして欧州の独立と安全を今後も米国に頼ってよいのかどうか不安の残る首脳会談であったといえよう。

 あるいは、そのような不安を与えて欧州を揺さぶり、防衛費の増額や米国からのガス輸入などを認めさせることこそがトランプ大統領の狙いであったとする論評も見られるが、これはロシアの思惑とも一致する部分がある。米国は本当に欧州を守ってくれるのかという疑念が生じれば、欧州はいずれロシアとの関係改善に転じざるを得ないという期待がロシア側には存在するためである。

 この意味では、NATO首脳会議で欧州に波乱を引き起こしたトランプ大統領がヘルシンキではプーチン大統領と(たとえ実質に乏しくても)友好ムードを打ち出したことは、ロシアにとっては十分な「成果」ということになる。

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