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2018年5月19日

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小泉悠 (こいずみ・ゆう)

財団法人未来工学研究所客員研究員

1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。民間企業を経た後、2008年から未来工学研究所。09年には外務省国際情報統括官組織で専門分析員を兼任。10年、日露青年交流センターの若手研究者等派遣フェローシップによってモスクワの世界経済・国際関係研究所(IMEMO)に留学。専門は、ロシアの軍事・安全保障政策、軍需産業政策など。著書に軍事大国ロシア』(作品社)、『プーチンの国家戦略』(東京道堂出版)『ロシアの軍事情報を配信するサイト「World Security Intelligence」(http://wsintell.org/top/)を運営。

イスラエルによる過去最大規模のシリア空爆

 2018年5月10日、イスラエルはシリア領内に対する大規模な空爆を実施した。攻撃の全容は明らかになっていないが、イスラエル国防省によるとシリア領内に対する攻撃としては過去最大規模のものであったという(最大で100発程度のミサイルが発射されたとの見方もある)。

 また、この攻撃についてはシリア領内に展開するイスラエル革命防衛隊がゴラン高原のイスラエル軍に対するロケット砲攻撃を行ったことへの報復という見方もあるが、筆者の専門家らは外れるので本稿では詳しくは扱わない。この攻撃がシリアを舞台としたイスラエルとイランの直接衝突に繋がるかどうかも懸念されているが、この点についても専門家の筆に譲りたい。

 むしろ本稿で焦点としたいのは、新たな段階を迎えたシリア情勢におけるロシアの役割である。以下、この点について筆者の見方を論じてみたい。

(Le_Mon/iStock)

板挟みのロシア

 紛争勃発から8年目を迎えたシリア内戦において、ロシアは確固たる影響力を発揮してきた。2015年9月に開始されたロシアの軍事介入は風前の灯であったシリアのアサド政権を形成逆転させ、イランとともにシリア情勢の鍵を握るに至っている。

 ことに2016年以降はロシアの猛烈な空爆による支援を受けたアサド政権がアレッポ、パルミラ、東グータといった要衝を次々と奪還し、ロシアが望むシリア内戦の落としどころ、つまりアサド政権とロシアの軍事プレゼンスを維持した上での内戦終結が現実味を帯びるようになった。

 しかし、ここに来てイスラエルとイランの対立がシリアで顕在化したことは、ロシアのシリア戦後構想に関する計算を複雑化させることになろう。

 アサド政権がシリア全土の領土的一体性を独力で回復する力を持たず、ロシアがそのための地上兵力を提供し得ない以上(ウクライナのドンバスに次ぐ第二戦線を抱え込むことは財政上も国民感情の上からも極めて難しい)、イランの協力は不可欠である。

 その一方、ロシアはイスラエルの対イラン脅威認識にも一定の理解を示しており、軍事力に訴えてまでイスラエルの行動を阻止するほどのコストを背負いこむこともできない。

 加えてイスラエルの対イラン強硬姿勢はサウジアラビアの支持を得ている。サウジアラビアとの協力を通じたエネルギー価格の底支えも継続せざるを得ないロシアにとっては、この点もイラン一辺倒の姿勢を取るわけにはいかない理由となる。

 ロシアの中東政策に関しては、ある特定の勢力に極度に肩入れすることなく、あらゆるステークホルダーとの間に一定の関係を維持できることが強みであった。しかし、イランとイスラエル(及び同国と急接近するサウジラビア)との緊張が極度に高まりつつある現在、このような多方位外交は難しい局面に立たされている。

戦勝記念式典の陰で

 ところでイスラエルによるシリア空爆の前日、すなわち5月9日は、ロシアにとって最重要の記念日にあたっていた。1945年5月9日、ドイツ第三帝国を降伏させた対独戦勝記念式典である。
この日には外国のゲストも招いて大規模な軍事パレードが実施されるのが常であるが、今年のメイン・ゲストはイスラエルのネタニヤフ首相であった。

 ほとんど目立った扱いは受けなかったものの、この日、ネタニヤフ首相はかなりの時間をプーチン大統領とともに過ごしたとされることから、翌日に迫ったシリア空爆に関して突っ込んだ協議が行われていた可能性が高い。

 その内容は公表されていないが、ロシアがイスラエルの空爆を容認したことは明らかである。ロシアの防空システムが空爆を行ったイスラエルの戦闘機部隊に対して沈黙を守ったことはもちろん、シリア軍もほとんどなすがままにされたところを見ると、イスラエル軍の動きに関する情報もシリアには提供されていなかった可能性もある。おそらくはイランの革命防衛隊に対しても同様であろう。

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