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2018年5月10日

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小泉悠 (こいずみ・ゆう)

財団法人未来工学研究所客員研究員

1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。民間企業を経た後、2008年から未来工学研究所。09年には外務省国際情報統括官組織で専門分析員を兼任。10年、日露青年交流センターの若手研究者等派遣フェローシップによってモスクワの世界経済・国際関係研究所(IMEMO)に留学。専門は、ロシアの軍事・安全保障政策、軍需産業政策など。著書に軍事大国ロシア』(作品社)、『プーチンの国家戦略』(東京道堂出版)『ロシアの軍事情報を配信するサイト「World Security Intelligence」(http://wsintell.org/top/)を運営。

 2018年4月18日、ロシア国防省は、「クリル諸島」で軍事演習が開始されたことを発表した。

 「クリル諸島」というのは千島列島から北方領土までを含むロシア側の呼称であり、行政区分としてはサハリン州に含まれる。軍事的な管轄では、ハバロフスクに司令部を置く東部軍管区(VVO)の東部外縁に当たる地域だ。このうち、大規模な地上部隊が駐屯しているのは北方領土の択捉島及び国後島のみであることから、演習は北方領土を中心とするものであると考えられよう。

 北方領土駐留ロシア軍の地上部隊は、択捉島に司令部を置く第18機関銃・砲兵師団と呼ばれる兵力3000人程度の地域防衛部隊であり、戦車、装甲車、火砲等を装備する。このほか、北方領土には海軍の地対艦ミサイル部隊や空軍の小規模なヘリコプター部隊が展開しており、全体の兵力は3500人程度とされている。

 東部軍管区の発表によると、今回の演習に動員された兵力は人員約2500名で、T-72戦車、各種火砲及びロケット砲、対戦車ミサイル、迫撃砲、Mi-8AMTSh武装強襲ヘリコプター8機、太平洋艦隊の水上艦3隻を含む装備品800点が参加した。このほか、シリアでも実戦投入されているオルラン-10無人偵察機も投入されたという。演習では実弾射撃訓練が実施されたほか、敵の破壊工作員上陸を想定した沿岸防衛訓練も行う予定であると18日の発表では述べられていた。

 これに対して19日、日本の菅義偉官房長官は「北方四島におけるロシア軍の軍備の強化につながるものであり、我が国の立場と相いれず、遺憾だ」と述べ、外交ルートを通じて抗議声明をロシア側に伝達したという。これ自体は日本政府として当然の対応であるが、演習の意味するところ自体は少し距離を置いて冷静に考えて見る必要がある。

 もっとも重要なことは、この時期にロシア軍が演習を行うのは特段珍しい出来事ではないという点だ。春はロシア軍の演習シーズンであり、実際、北方領土の演習と前後してロシア全土では大規模な軍事演習が開始されている。東部軍管区だけを取っても、航空宇宙軍の戦闘機部隊や太平洋艦隊の原子力潜水艦及び水上艦部隊による広範な訓練が実施されており、北方領土における演習はその一環にすぎない。そもそも軍隊が駐留している以上、何らかの訓練は(その政治的是非は別として)必ず行われるものである。

ロシア戦闘機Su35。シンガポール航空ショーにて(Photo by Yuli Seperi/Getty Images)

2000キロの長距離飛行

 ただ、少し気になる動きもある。北方領土での演習に先立つ3月26日、航空宇宙軍のSu-35S戦闘機2機が択捉島のブレヴェストニク(天寧)飛行場に着陸したことがそれだ。2機はハバロフスクから飛来したもので、防空訓練の途上で2000kmに渡る長距離飛行を行って択捉島に着陸し、すぐに帰投したという。長距離飛行に伴う燃料補給を行ったものと思われるが、ロシア空軍の戦闘機が北方領土に飛来するのは極めて珍しい。

 冷戦期、ソ連は同飛行場におよそ40機のMiG-23戦闘機を配備していたが、ソ連崩壊後には部隊を全て撤退させており、現在は上述の小規模なヘリコプター部隊が展開しているに過ぎない。公表されている限りでは、これ以降にロシアの戦闘機が一時的とはいえ北方領土に展開したことはなかった(演習の過程で北方領土付近の空域を飛行する事例は見られる)。

 日本として懸念されるのは、今回の戦闘機の飛来が給油だけでなく、ブレヴェストニクでの戦闘機運用がまだ可能かどうかを検証する目的を持っていた可能性である。特に今年秋には4年ぶりの東部軍管区大演習「ヴォストーク2018」が予定されている。前回の「ヴォストーク2014」では東部軍管区のヘリ部隊がブレヴェストニクに大挙飛来し、同飛行場を中継地点としてカムチャッカ半島までの長距離飛行訓練を実施したが、「ヴォストーク2018」では戦闘機部隊が大規模に展開するかもしれない。

 また、演習のための一時的な飛来だけでなく、戦闘機部隊が択捉島に常駐する可能性も排除されない。北方領土にロシア海軍の地対艦ミサイル部隊が展開していることはすでに述べたが、このような重要軍事アセットが存在する以上、これを防護する防空能力もまた必ず必要とされる筈であるためだ。

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