対談

2018年8月2日

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 本来はまったく別の問題が、政治性に絡め取られて「抱き合わせ」になり、社会を分かつ踏み絵になってしまうのはなぜか。社会学者二人による、日常のなかの「政治」をめぐる対話の後編。(前編はこちら

(写真:ロイター/アフロ)

「誰にも話せないこと」を抱えた人々

五十嵐:『原発事故と「食」』を半分ぐらい書いた時点で自分に課したのが、「科学の議論に逃げない」ということだったんです。もちろん、科学的なファクトは尊重します。でも、モリカケ問題や公文書改ざんを持ち出すまでもなく不信感が蔓延していて、お互いに相容れない人たちがいる状況で、どう間を取り持ち、議論のプラットフォームを開き、最終的に判断が異なる人たちの間を調停し共存していくか、というのは自然科学の課題じゃないんですよね。社会学者はそれを真剣に考えなければいけなかったのに、それを怠ってきたんじゃないかってずっと思っていたんですよね。

――科学的な正しさが機能しないのはなぜか、という問いではないんですね。

五十嵐:そう。機能していない以上、「機能すべきだ」といっても始まらない。そこで社会科学者が本来立ち向かうべきは、科学的な言葉が機能してない事態を織り込んで、その中で社会の課題をどうするかという問いだったんじゃないですかね。オルタナティブな「科学」の言葉を借りて安全派の欺瞞を暴こうとしてきた社会科学者は、確かに悪影響を及ぼしましたが、社会的分断を前に主流の自然科学の正しさだけで押し切ろうとするなら、それもまた社会科学者としての責任を果たすことにはなってないと思う。

 そもそも、2011年からずっと、「何が科学的に正しいのか」の論争に見えて、実は「どっちの言うことが信頼できるのか」のゲームが続いてきたことを忘れてはいけません。情報の発信者への信頼はどう醸成できるのか、そして毀損した社会の一般的信頼は回復できるのか。そういう社会的なテーマからスタートした原発事故後の問題の中で、「これが科学的に正しい」の一点突破はそもそもダメだったんです。

 ただ同時に、従来は科学的な議論の蓄積があったはずの脱原発運動側に、なぜ震災後に明らかにされていった科学的知見を受け入れない主張が目立ったのか、ということが気になっています。そのあたり、富永さんの目にはどう映っていますか?

富永:難しい問題ですが……一橋大学の町村敬志先生による研究プロジェクトで、全国のNPOや市民団体に対して質問紙による大規模調査を行った『脱原発をめざす市民活動 3・11社会運動の社会学』では、震災以前に結成された健康リスクをイシューとする脱原発運動団体の多くは、50~60代が主要な担い手でした。チェルノブイリの経験がベースとしてあったのでしょう。

 3・11後に健康リスクを問題にしたのは30~40代のお子さんがいる世代の人々による団体で、それまで反公害運動で健康リスクを重視していた人たちとは、世代的に接点も薄く、また同じ「健康リスク」の課題といってもそのもととなる経験が少し異なっていたのかなと思います。

五十嵐:確かにそうですね。

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