食卓が変わる日

2018年8月14日

»著者プロフィール
閉じる

鮎川京子 (あゆかわ・きょうこ)

ライター

 テレビから流れる「ファイトー、イッパーツ!」。今までに、何回このフレーズを聞いたことだろう。画面を見れば、手を握り合う2人の男。その腕の筋肉のなんと逞しかったことか。

 危機を乗り越えたあとに飲む「リポビタンD」は、男たちに再び活力を与えるに違いない。と、思わせるかどうかはともかく、あの手この手の危機を見せつけられるうちに、友情と達成感とリポビタンDはワンセットという図式に、いつの間にか慣れ親しんだ感がある。

二代目のイメージキャラクター・王貞治氏(大正製薬提供、以下同)

日本に元気があった時代の象徴か

 「リポビタンD」が発売されたのは1962年。すでに半世紀を超えるロングセラー商品である。大正製薬がリポビタンDの主成分であるタウリンの研究を始めたのは1940年頃だという。1949年には、タウリンを含んだ最初の商品としてアンプル剤「タウリンエキス」を発売している。

 1960年に錠剤とアンプル剤の「リポビタン」を発売すると、アンプル剤「リポビタン液」が人気商品になった。小さなガラス瓶の口をハート型の砥石のようなカッターで開け、細いストローを差し込んで薬臭い甘い液体を飲んだことを覚えている方々もいるはずだ。

 その後、満を持してリポビタンDが発売された。価格は1本150円。牛乳1本が18円の時代に、飛ぶように売れた。高度経済成長期の真っただ中。頑張って働くことはよいことだと誰もが思っていた時代だった。多少の無理をしても、給料に跳ね返ってくればやる気にもなるというもの。日本に「元気」があった時代を象徴するものの一つが、リポビタンDだったのかもしれない。もっとも、裏を返せば、当時の日本人は相当疲れていたともいえる。

時代に合わせたCM展開

初代「リポビタンD」

 発売と同時に、CMがスタートした。当初は、巨人軍のエンディ宮本氏が起用された。二代目が、あの王貞治氏。王氏は、10年間の出演期間中、毎年本塁打王の偉業を成し遂げている。さらに、1965年のスライディング篇は「昭和のCM100選」にも選ばれているという。

 「巨人・大鵬・卵焼き」といわれた高度経済成長期に、王氏のCMは燦然と輝いていたのだが、1977年からは2人体制となった。この栄えあるペア初代は、当時大ヒットしていたテレビドラマ「太陽にほえろ」で人気を博した勝野洋氏と宮内淳氏だった。大正製薬担当者によると、当時のリポビタンDのコミュニケーションコンセプトは「努力・友情・勝利」だったという。まさにそれを具現化したCMが、以後、代替わりしながら作り続けられた。

 ちなみに、「ファイト・一発!」のコピーは二人体制になってからで、王氏の時は「ファイトで行こう!」、宝田明氏の時は「ヨッ!お疲れさん」、高橋英樹氏の時は「ヤッタ!」。同じ「頑張る」でも、この頃のほうがイケイケ感が強いと感じるのは偏見だろうか。

 2016年からは趣がぐっと変わる。コンセプトが「Have a Dream」と、どこかワールドワイドな雰囲気が漂うものになり、出演者も三浦知良氏と大谷翔平氏にチェンジした。時代の流れを敏感につかんでいる。逞しいだけではなく、夢を追いかける人を応援するというわけだ。

関連記事

新着記事

»もっと見る