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2018年8月10日

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島澤 諭 (しまさわ・まなぶ)

中部圏社会経済研究所研究部長

富山県生まれ。1994年東京大学経済学部卒業 同年4月経済企画庁入庁。調査局内国調査第一課、総合計画局計量班、調査局国際経済第一課等を経て2001年内閣府退官。02年秋田経済法科大学経済学部専任講師、04年10月秋田大学教育文化学部准教授。12年4月より現職。

(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

高まるサマータイム導入の可能性

 突如として、サマータイム実現の可能性が高まっている。サマータイムとは、欧米のデイライト・セービング・タイム(Daylight Saving Time)と呼ばれるものであり、サマータイム開始時には、当該国・地域の標準時に特定の期間だけ一定時間プラスし、サマータイム終了時にはサマータイム開始時に標準時に加えた同じ時間をマイナスすることで、標準時に戻す制度である。

 安倍晋三首相は今月7日、東京五輪組織委員会会長の森喜朗元首相の要請を受け、2020年東京五輪・パラリンピックの猛暑対策として、夏の時間を2時間繰り上げるサマータイム導入を検討するよう自民党に指示したと報道されている(産経新聞2018年8月6日)。安倍首相の指示を受け、自民党は、東京五輪・パラリンピックまで残された期間はあと2年と少ないことから、秋の臨時国会での議員立法提出に向け、党内の調整を急ぐこととし、公明党の山口那津男代表も「柔軟に幅広く検討していく必要がある」と前向きな姿勢を示している。

 実は、日本では連合国軍による占領下の1948年5月にサマータイムが導入されている。しかし、サマータイム導入による残業時間の増加と鉄道の混乱等から国民には極めて不評だったこともあり、サンフランシスコ講和条約が締結された1951年9月には打ち切られ、主権を回復した1952年には正式に夏時刻法は廃止となった。こうした経緯があったにもかかわらず、1990年代以降、超党派の議員連盟が中心となり、サマータイムの導入が度々検討されたが実現には至らなかった。近年、最もサマータイム導入の機運が高まったのは東日本大震災後で、夏場の電力が大幅に不足する見込みであったこともあり、電力需給緊急対策本部によりサマータイムの導入が検討されたが、結局、見送られた。

サマータイム導入のきっかけは燃料不足

 そもそもサマータイムは政治家でもあり科学者でもあったベンジャミン・フランクリンが英国からの独立直後のアメリカの外交官としてフランスに滞在していた1784年、Journal de Paris誌に送った投書“An Economical Project for Diminishing the Cost of Light”の中で、人々が夏の間太陽のサイクルに合わせた生活を送れば、当時の照明の主力であったロウソクの使用量を減らして節約できるはずだと提案したことに起源があるとされている。

 フランクリンの提案以降長らく実行には移されてはいなかったが、カナダオンタリオ州の現在のサンダーベイの住民が1908年7月1日にカナダの標準時より1時間時計の針を進め、世界に先駆けてサマータイムを実施した。一国単位では、第1次世界大戦中の1916年4月30日にドイツとその同盟国オーストリアが燃料不足対策を目的として実施したのが初めてであり、次いでイギリスやフランスが導入したのを契機に欧州に広がった。アメリカでも1918年に導入したものの国民から不興を買い2年で廃止。しかし、やはりエネルギー資源節約を目的として第2次世界大戦中に再導入され、1986年の改正を経て現在まで続いている(アリゾナ州・ハワイ州等は不採用)。世界を見渡すと、現在、サマータイムを一部の地域ででも実施している国は、70か国以上あり、その多くは夏の間、日照時間が極端に長くなる中高緯度の北半球に集中している。

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