公立中学が挑む教育改革

2018年9月21日

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多田慎介 (ただ・しんすけ)

ライター

1983年、石川県金沢市生まれ。大学中退後に求人広告代理店へアルバイト入社し、転職サイトなどを扱う法人営業職や営業マネジャー職を経験。編集プロダクション勤務を経て、2015年よりフリーランスとして活動。個人の働き方やキャリア形成、企業の採用コンテンツ、マーケティング手法などをテーマに取材・執筆を重ねている。

教育改革は「今あるものをちょっと良くする」だけでもいい

工藤:教育現場には、子どもが自律した考え方を身につける機会を奪ってしまっている慣習がたくさんあります。例えば教員によるノート点検。自分が振り返りに使うためではなく、「先生にチェックされるから」という理由でノートを一生懸命に取っている子も多くいます。

青野:本来の目的を見失ってしまっているんですね。

工藤:はい。これは会社の中でも同じかもしれませんが、目的を見失い、手段ばかりにこだわっているケースは多いですね。誰が読むのかも分からない作文を書かせるとか。

青野:思い出しました。私は子どもの頃、読書感想文を書くのが本当に苦痛でしたね。本を読んでおもしろかったという気持ちは自分の中にあるんですが、感想文となると誰のために書けばいいのか分からないから、進めようがなかったんです。

 

工藤:そうですよね。他にも、「事あるごとに目標を書かせる」なんていうのもあります。「今年は遅刻をしない」といったような、誰に見られても問題のない、目標としてほぼ意味を持たないものが教室の掲示板に数多く並んでいます。

青野:魂の込もっていない目標(笑)。

工藤:「ほとんど誰も読まない新聞を作る」というものもあります。修学旅行から帰ってきたら、「金閣寺は何年に建立されて……」から始まる新聞をみんなで作る。でも、調べればすぐに分かることが書かれている新聞なんて誰も読まないじゃないですか。これはみんなで協力して新聞を作ること自体が目的になってしまっているんです。本当は「そんなの誰も読まないじゃん」と言えるような子を育てなければいけないのに。

青野:本当ですね。

工藤:だけど教育現場では相変わらず、「忍耐・協力・礼節」ばかりを重要視しています。もちろん教育にはこうしたことも大切なんですよ。しかし、それ以上に重要なのが自律だと考えています。自分で考え、自分で判断し行動できる力です。

麹町中では、宿題を完全に廃止しました。夏休みの宿題も出していません。すでに分かっている範囲を何回も繰り返す必要はないんです。分からないところに自分で気づき、それを分かるようにしていくことが勉強ですから。

 

青野:「自分にはもう分かる範囲の問題なのに何度もやらされる」というのは、苦行でしかないですよね。

工藤:しかも時間だけはやたらとかかる。日本の労働生産性が低いと言われるのも無理はないと思います。大量の宿題を出されたら「僕はもう分かるから、分からないところだけやっていいですか?」と交渉できたらいいんですけどね。

青野:私は中学時代、実際にその交渉をしたんです(笑)。

工藤:そうなんですか?(笑)

青野:中学1年で覚えなければいけない漢字が300あったんです。だから「あ、1日1字でいいんだ」と考えて、宿題でどれだけ出されようが、勝手に毎日1つずつ覚えていく方針にしたんですね。簡単な漢字もあるから、ある日のノートには3つだけ漢字を書いて提出しました。そうしたら、先生からものすごく叱られて(笑)。

私は合理的にやっているつもりだったんですけどね。

工藤:教育現場ではそうした場面がたくさん見られます。これでは、何も考えない人間を育てることにつながってしまいます。

実は、修学旅行も変えたんですよ。

青野:どのように変えたんですか?

工藤:生徒たちが一時的に旅行代理店の社員となった前提で、1泊2日の京都奈良の旅行プランを企画し、代理店に提案するんです。2泊3日で行く実際の修学旅行は自分たちが企画したプランの現地取材という位置付けです。例えばこんなグループがありました。ターゲットはおじいちゃん、おばあちゃん。彼らは「健康増進に役立つ寺社巡り」というプランを企画したんですね。現地では予定した神社や寺を周り、インタビューして写真を撮ってくる。帰ってきたらその取材内容をまとめ、旅行パンフレットとプレゼン資料を作成し発表します。

青野:おぉ……。旅行代理店としては、新しいアイデアをたくさんもらえる場でもありますね。

工藤:パンフレットの制作では、代理店の専門家を招いたのですが、「書店に並べたときに売れる旅行パンフレットのタイトルとは?」といったことも学んでいましたね。

青野:本格的ですね!

工藤:こうした学びは、「目的」と「他者」を意識することにつながります。麹町中では目的がはっきりしない学習をスクラップしてきました。スクラップ・アンド・ビルドとよく言いますが、スクラップにこそ意味があるんです。形骸化した教育活動をスクラップすることで、子どもたちが目的もなくやらされていた慣習が消えていくわけです。

子どもの頃から、常に「何のため?」「誰のため?」を考える訓練をしていれば、社会に出たときの人材の価値も大きく高まっていると思うんです。今までの日本の教育は、「目的が分からなくてもまずは言うことを聞け」というような感じです。そうやって育った人は、会社に入ってから「おかしい」と感じることがあっても、自分の力で改善しようとは思えないのではないでしょうか。

 

青野:その体験がないわけですからね。なかなか形を壊せないという実例は多いと思いますよ。

私は以前パナソニックで働いていたんですが、松下幸之助さんが作った「事業部制」がずっと形として残っていたんですね。幸之助さんが経営の舵取りをしていたときに、社内や周りの状況をいろいろと見た上でベストな方法だと思って作った制度です。

その後は状況も変わっているし、幸之助さんが生きていたら「もう変えよう」と言っていたかもしれないのに、ずっと頑なに守っていたんです。

工藤:事業部制を守ることが目的になってしまっていたと。

青野:はい。そうした例は至るところに見られると思います。

でも工藤さんのお話を聞いて希望が持てました。私は「教育を根本的に変えなきゃいけない」と思い込んでいましたが、今あるものを、目的を意識してちょっと変えるだけでも相当良くなるということですね。

工藤:そうですね。学校改革は実はとてもシンプルなものなのかもしれません。

青野:今の教育を全否定する必要はないんですね。上位概念の目的から落として再設計していくだけで、しっかりワークするのだと。

工藤:従来の教育の中でも青野さんのような人物が育っているわけだし、そんなに悪いわけではないのかもしれません。大切なのは「先生の言っていることは本当に正しいのかな?」「この仕組み、何かおかしくない?」という疑問を持って、何のためにやるのか、誰のためにやるのかを考えられる子どもを育てることなんでしょうね。

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