片倉佳史&真理の「もっと!台湾探見」

2018年11月15日

»著者プロフィール
著者
閉じる

片倉真理 (かたくらまり)

台湾在住ライター

台湾在住ライター。1999年から台湾に暮らし、台湾に関するガイドブックや書籍の執筆、製作に携わる。そのほか、機内誌への寄稿や女性誌のコーディネートなども手がけている。

 

2011年に台湾で出版した中国語書籍『在台灣,遇見一百分的感動~片倉真理 旅的手記』(夏日出版社)のほか、共著に『食べる指さし会話帳・台湾』(情報センター出版局)、『台湾で日帰り旅 鉄道に乗って人気の街へ』(JTBパブリッシング)など。2018年4月に初の単著『台湾探見 Discover Taiwan-ちょっぴりディープに台湾体験』(ウェッジ)を刊行。

ここ数年、日本からの旅行者が右肩上がりに増え、修学旅行の海外旅行先としてもトップになった台湾。この連載では、台湾在住約20年になるライターの片倉真理氏が、「知れば知るほど面白みと楽しさが増してくる」というその魅力を、秘境探索、建築探訪、郷土の美食などをテーマに紹介していきます。

二年に一度の祭典!サイシャット族の幻想的な祭典「パスタアイ」

 台湾は九州よりも一回り小さい程度の島ですが、その住民構成は複雑です。圧倒的多数を占める漢人系住民のほか、台湾土着の「原住民族」と呼ばれる人たちがおり、政府が認定しているだけでも16の部族に分かれています。今回ご紹介するのは、台湾北部の山間部に暮らすサイシャット(サイセット)族です。彼らは二年に一度、「パスタアイ」と呼ばれる伝統的な祭典を催すことで知られています。

赤い伝統衣装も印象的なパスタアイ

 サイシャット族(漢字では賽夏族と表記)の人口は5千人あまり。早くから漢人文化の影響を受けてきましたが、自らのアイデンティティを失わず、部族の言語や風習を守り抜いてきました。主に新竹県の五峰郷と苗栗県の南庄郷、獅潭郷に暮らしている彼らは、前者を「北サイシャット族」、後者を「南サイシャット族」と呼んだりします。両者は習俗に若干の差異が見られます。

サイシャット族の母娘

 パスタアイが催されるのは、新竹県五峰郷大隘村と苗栗県南庄郷向天湖の2箇所です。大隘村の方が規模は大きめですが、向天湖の方がより伝統的な色彩が濃く残っていると言われているので、今回はこちらをご紹介しましょう。

 祭典の時期は旧暦の10月15日前後。具体的な日程は長老たちの話し合いによって決められます。2018年は向天湖が11月16日から18日まで、大隘村は一日遅れて、17日から19日までとなります。

こびとの精霊を慰める祭典

 さて、このパスタアイという祭典はどんな意味をもつのでしょうか。これはサイシャット族に残る「こびと」の伝説に由来します。伝説にはいくつかのストーリーがありますが、ここでは筆者が以前、向天湖の古老から聞いた話を紹介したいと思います。

 その昔、サイシャット族の人々は、「タアイ」と呼ばれるこびとと仲よく暮らしていました。タアイは身長が1メートルにも満たなかったそうですが、腕力が強く、頭脳明晰で、妖術にも長けていたと言います。また、彼らは人々に稲やアワの栽培法、病気の治療法など、さまざまな智慧を授けました。豊作を祈願する収穫祭の歌や踊りも、彼らが教えたとのことです。

名産であるアワのお酒。サイシャット族はタアイからその栽培法を学んだと伝えられている

  しかし、そんな良好な関係にあった両者ですが、ある小さな勘違いにより仲違いしてしまいます。ある日、人々はタアイを懲らしめようと、彼らが休憩に使うビワの樹を斬りつけてしまいました。そこへ何も知らないタアイが登ったところ、樹木が倒れ、谷底へ落ちて死んでしまったのです。

 その後、タアイの祟りによって、サイシャット族の人々は飢饉と不作に苦しめられるようになります。なお、この時には二人のタアイが生き残ったそうで、彼らは人々に対し、「慰霊の祭り」を行なうように指示して東の方角へ去って行ったそうです。人々は深く反省し、タアイの霊を慰めるため、祭事を執り行なうようになりました。これがパスタアイの始まりです。  

 ちなみに、タアイとサイシャット族の仲違いの原因は、一般的にはタアイが女性に手を出すという悪い癖があったからだと言われています。しかし、古老の話では、タアイは肩をたたいて友情を示そうと思ったものの、背が低かったため、女性のお尻に触れてしまったと言うことでした。これが本当ならば、なんとも不名誉な話ですが、それが現代まで伝えられていることを考えると、何だかかわいそうに思えてきますね。

関連記事

新着記事

»もっと見る