2024年5月21日(火)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2011年8月11日

 中国は誇り高い国である。少なくとも東アジア世界で、最も高度な文明をもち、その中心を占めてきたことは、歴史事実としてもまちがいはないし、主観的にもそれを自負してきた。ところが19世紀から今にいたるまで、そうではなくなって、中国の人々にとっては、きわめて理不尽な、釈然としない事態となっている。そんな心情が往々にして、ある範疇で世界の最先端をめざす動機を生み出す。オリンピックなどでの中国選手のずばぬけた活躍はその典型、いわゆる国威発揚であり、近代のテクノロジーでも同じ。それを奇術だとみなしているうちは、見向きもしないけれども、風尚・需要にあてはまれば、やはりその世界第一を求めるようになる。

劉錫鴻が鉄道でいだいた危惧 海軍で的中

 劉錫鴻と同じ時代でなら、李鴻章が建設した北洋艦隊など、その好例であろう。帝国主義時代の当時であるから、兵器の必要性は鉄道よりは認知された。そこで李鴻章は、ドイツに発注した世界最大級の装甲砲塔艦をそなえて、威容を誇ったのである。

 しかしそれが実戦に役立ったかどうかは、日清戦争・日本の圧勝という歴史が実証している。海軍の建設・維持・運用も、鉄道に勝るとも劣らず、高度の専門の知識・技能・組織を要する。李鴻章はそのことを知ってはいたけれども、実現できなかった。テクノロジーとそれを動かす人材・組織の不整合。劉錫鴻が鉄道でいだいた危惧は、海軍で的中したわけであり、いまの高速鉄道事故も、直接の原因は何であれ、どうやらその例にもれない。

 高速鉄道と北洋艦隊、現在と100年以上も前では、一見あまりにも縁遠い。しかしそこには、対比に堪える共通の論点がある。ことによると、それは100年もの間、さほど変わっていない中国の体質なのかもしれない。

空母も同じ道を辿るのか?

 中国はいま空母を造っている。世界の先端をゆき、国威を発揚しようとする目的では、関係なさそうに見える高速鉄道とまったく変わらない。その意味で、高速鉄道の事故が投げかけている問題は、思った以上の広がりがある。中国人がよく口にするように、歴史を「鑑」とするなら、日本人の歴史認識を責めるばかりではなく、そのあたりに思いを馳せることも必要ではないか。さもなくば今昔の犠牲者は浮かばれないであろう。

◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信中国総局記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
※8月より、新たに以下の4名の執筆者に加わっていただきました。
森保裕氏(共同通信論説委員兼編集委員)、岡本隆司氏(京都府立大学准教授)
三宅康之氏(関西学院大学教授)、阿古智子氏(早稲田大学准教授)
◆更新 : 毎週月曜、水曜

 


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