迷走する日本の「働き方改革」への処方箋

2019年2月10日

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立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 

人は皆、労働をやめるべきである!

「Tamu Kianggeh」というローカル市場を訪問。アジアの市場といえば、活気溢れる光景をイメージするが、ここブルネイだけは大外れ。

 まだ早い時間帯なのに、8割以上のブース(店)はすでに営業終了。2割ほどが営業中。といってもまったく商売気がない。売り子がただ座ってのんびりしているだけ。客が寄ってきても声をかけようとしない。もちろん、値切れる雰囲気ではない。ガイドに聞くと、「この国は市場でも値切る習慣がありません。買うなら買う。買わなきゃ邪魔するな、という感じですよ」

ブルネイのローカル市場(写真:筆者提供) 写真を拡大

 店は生計を立てるためではない。暇つぶしで商売をしているようなものだ。店を開けてしばらく時間を潰して、「いや、疲れたなあ」「つまらない。もう帰るか」と思ったら店をたたんで帰る。

 勤勉とは何だろう。勤勉は果たして美徳なのか。ここブルネイに来て私は自分の倫理観や勤労観を疑うようになった。ふとボブ・ブラック『労働廃絶論』の一節を思い出す――。

「人は皆、労働をやめるべきである。労働こそが、この世のほとんど全ての不幸の源泉なのである。この世の悪と呼べるものはほとんど全てが、労働、あるいは労働を前提として作られた世界に住むことから発生するのだ。苦しみを終わらせたければ、我々は労働をやめなければならない。(中略)収入や仕事のことなどすっかり忘れて、まったく無精と怠惰になる時間を、誰もが今よりもっと必要としていることはまちがいない」(引用:『労働廃絶論―ボブ・ブラック小論集』アナキズム叢書)

 労働信仰や勤勉信仰をもつ人間にとって本質的に異なる価値体系である。そもそも、人間の本能的な部分は怠惰なのだ。いや、そういう表現はよくない。「自然体信仰」とでも呼ぼう。

ブルネイは世界一成功した「共産主義国家」

 ある意味で、ブルネイは世界一成功した「共産主義国家」だ。共産主義とは、財産の共同所有で社会の平等を目指す制度だ。素晴らしい理念だが、最大の問題は2つ。「過程自律依存性」と「結果自律依存性」と、私が勝手に名付けてみた。

 まずは、過程自律依存性。富を創出し、築いていく過程に一人ひとりの共同体構成員が自律的に努力し全力を挙げて頑張るかどうかの問題。私有財産の消滅や規制、分配の均等性などの要素によって、頑張っても頑張らなくても結果が同じだということになると、頑張る意味を見出せなくなり、動機付けと努力の自律性が失われる。

 次に、結果自律依存性。財産の共同所有と分配を司る特権階級(支配者階級)が自律的に、過度な私利私欲を持たずに平等・公正に富の分配を行うことができるかどうかという問題。資本主義のような監督・抑制機能(他律)がなく、完全な自律に頼らざるを得ない。富の総量が少なければ少ないほど特権階級の貪欲さが目立ち、国民の貧困が進む。北朝鮮はその好例だ。

 ブルネイの最大の特徴は、その富が、労働の質と量への依存性が非常に低いことだ。来る日も来る日も石油や天然ガスが湧いてくる(採掘という労働は必要だが)。黙っても買ってくれる客が世界中にいるから、汗水たらして頭を下げて営業する必要もない。すると、富の形成の過程自律依存性問題はおのずと解決される。これについては、今日のブルネイで目撃された国民の平均勤労意欲の低下・萎縮現象によって裏付けられている。

 さて、結果自律依存性の問題はどうであろう。ブルネイの特権階級(支配者階級)といえば、ハサナル・ボルキア国王とその一族である。国王自身がスルタンというイスラム教の絶対的地位をもっている。この権威は神によって付与され、揺るぎないものとされている。

 つまり、権威性は神聖性に起源する「王権神授説」がその根拠となっている。ならば、イスラム教への絶対的信仰が王権の存続を担保する基盤であり、ブルネイという国家を完全なるイスラム教国家にする必要があることは自明の理だ。現にブルネイは世界でも有数の敬虔なイスラム教信仰国である。

連載:迷走する日本の「働き方改革」への処方箋

  
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