韓国の「読み方」

2019年2月15日

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澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、元ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15~18年論説委員(朝鮮半島担当)。18年4月から外信部長。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、『韓国新大統領 文在寅とは何者か』(17年、祥伝社)、『新版 北朝鮮入門』(17年、東洋経済新報社、礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著)など。訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。

 「天皇陛下のひとことで慰安婦問題は解決される」という韓国国会議長の発言や、徴用工問題で日本政府に「謙虚さ」を求めた文在寅大統領による新年記者会見での発言は、どちらも日本側の反応を入念に計算してのものとは考えづらい。前回(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/15343)は、そうした韓国側の「軽さ」が両国関係の構造的変化に起因しているという概略を説明した。この30年の間に、韓国における日本の存在感は驚くほど低下した。韓国側からあまりにも「軽い」発言が出てくる背景には、この日本の存在感低下がある。こうした韓国側による認識の「軽さ」は極めて問題だが、一方で冷戦終結という世界史的な出来事の影響を考えると日本の存在感低下という現象は必然のものだった。

韓国の文在寅大統領(写真:YONHAP NEWS/アフロ)

東アジア情勢を激変させた冷戦終結

 30年前に冷戦終結が宣言された時、ニュースの主要な舞台は旧ソ連を含む欧州だった。だが冷戦は世界全体の秩序を規定していたから、東アジアも無関係ではなかった。冷戦下の韓国は、朝鮮戦争で戦火を交えた北朝鮮とともに東西両陣営がにらみあう最前線だった。その韓国が社会主義圏との関係正常化を進められたのは、冷戦終結のおかげである。1988年にソウル五輪を開いた韓国は、冷戦終結の流れにのって社会主義圏との関係正常化を積極的に進めた。韓国が進めた「北方外交」のハイライトが、ソ連(90年)、中国(92年)との国交樹立だった。

 この時、朝鮮半島情勢を安定化させるためには日米両国と北朝鮮の関係正常化も必要だという議論が出た。中ソが韓国と、日米が北朝鮮とそれぞれ国交を結ぶ「クロス承認」をしないと地域情勢が安定しないと考えられたのだが、現実には日米と北朝鮮の関係正常化は実現しなかった。

 北朝鮮にとってみれば、これまで支えてきてくれた中ソ両国による裏切りである。北朝鮮の外相は当時、韓国との国交樹立方針を伝えるため平壌を訪問したソ連外相に独自の核兵器開発を進める考えを示唆した。北朝鮮はそれ以前から核開発を進めてはいたが、大きな国際問題となっていくのは90年代に入ってからである。

 北朝鮮とソ連(後にロシア)との関係が冷え込んだのはもちろん、中国との首脳級往来も90年代末まで途絶えた。北朝鮮は冷戦終結によって一気に国際的孤立を深めたのだ。社会主義諸国からの支援が途絶え、90年代半ばには天候不順にも見舞われて深刻な食糧危機に陥った。北朝鮮が冷戦終結時にうまく立ち回れなかったことが、現在の朝鮮半島情勢につながっている。

 そして、ポスト冷戦の世界ではグローバル化が進んだ。1978年に改革開放政策を始めた中国は、グローバル化の波にのって高度経済成長を実現させた。2010年には名目GDPが日本を抜いて、世界2位の経済大国に躍り出た。現在の習近平政権になってから、経済力を背景に既存の世界秩序に挑戦しようとしているのは周知の通りだ。韓国は、中国との向き合い方でも難しい選択を迫られるようになった。

 冷戦終結後の世界情勢は日本を取り巻く安全保障環境に大きな影響を与えたと語られるが、それは他国にとっても同じことである。特に冷戦下で「最前線国家」という窮屈な位置に押し込められていた韓国は、日本とは比べ物にならないほど大きな変化に見舞われた。それを忘れてはならない。

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