世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年4月12日

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 トランプ米大統領は3月25日、イスラエルが占領しているシリアのゴラン高原に対するイスラエルの主権を承認する文書に署名をした。4月9日のイスラエルの総選挙を前に、ネタニヤフ首相を援護する意図から出たものであろう。

(masterzphotois/Panacea_Doll/grinvalds/iStock)

 ゴラン高原は、1967年の第3次中東戦争でイスラエルが占領したが、これに対して国連安保理決議242は、「最近の紛争で占領された領土からのイスラエル軍の撤退」、「地域のすべての国の主権、領土的一体性、政治的独立を認めること、彼らが武力の威嚇と行使から自由で、安全で承認された国境内で平和裏に暮らす権利を持つことを認めること」を呼び掛けている。この決議を受諾し、アラブ諸国もパレスチナ当局も事実上イスラエルの生存権を認めた。国境の正確な輪郭は当事者間の交渉にゆだねられた。これがエジプト、ヨルダンのイスラエル承認に、西岸・ガザについてのパレスチナ人との、ゴラン高原についてのシリアとの長い交渉になった。「最終的解決」はパレスチナとの間では達成されていないし、シリアとの間では合意はない。しかし、とにもかくにも安保理決議242が1967年以降のすべての和平交渉の基礎になっていた。

 トランプは、「イスラエルの安全保障のため」ということで、上記の経緯を全く無視してゴラン高原へのイスラエルの主権を承認した。驚愕させられる事態である。このようなことを米国は法的にできるのか、安保理決議に違反せずしてできるのか、疑問である上、力による国境変更の是認が今後の国際秩序に与える衝撃、危険を感じざるを得ない。

 もしトランプの言うようにするのであれば、米国は力での国境変更を認めるということになる。力で国境を変更することは認めないというのが戦後世界の大原則であるから、その大原則が米国によりひっくりかえさせることになる。また、米国は自ら賛同した安保理決議242、イスラエルによるゴラン高原併合非難決議など多くの決議に違反することになる。米国は無法者として立ちあらわれることになる。ロシアのクリミア併合を非難する論拠も失われてしまう。これは全世界的に大きな問題を引き起こす。

 中東地域については、中東和平交渉は安保理決議242に基づいて行われてきたのであり、今後は動く見込みはなくなるだろう。シリアはゴラン高原を返してもらうことを条件に和平を望んでいたのであるから、ゴラン高原が返らないということであれば、交渉する意味はない。シリアは、今は内戦状態でゴラン高原を取り戻しに行く力は全くないが、時を見て力をつけ、イランと協力して活路を開くしかないことになるだろう。パレスチナも同じ方向に行く可能性が強い。中東はさらなる混迷に滑り落ちていくことになる。

 そして、イランは反イスラエル勢力の結集のために良いカードを手に入れたといえる。エルサレムへの米大使館移転はパレスチナ問題をアラブ・イスラエル紛争からイスラエル・イスラム圏紛争に拡大したが、今度のゴラン高原問題はもっと大きい問題を提起する。トランプは「イスラエルのため」と言うが、イスラエルを取り巻く環境は今より厳しい状況になるだろう。

  
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