世界で火花を散らすパブリック・ディプロマシーという戦い

2019年4月24日

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桒原響子 (くわはら・きょうこ)

未来工学研究所研究員・京都大学レジリエンス実践ユニット特任助教

1993年生まれ。2012年米国ウエストバージニア大学において、国際政治学や通訳翻訳等を学び、2017年大阪大学大学院国際公共政策研究科修士課程修了。笹川平和財団安全保障事業グループ研究員、外務省大臣官房戦略的対外発信拠点室外務事務官を経て、現職。専門は、国際公共政策、パブリック・ディプロマシー、ストラジック・コミュニケーション、メディア研究、世論等。

「チャイナ・ウォッチ」の正体とは……(写真:AP/アフロ)

 ある朝、いつもの新聞に「チャイナ・ウォッチ」と大きく書かれた折り込み新聞らしきものが入っていたとしよう。「らしき」と表現するのは、それが本当は広告だからだ。その一面トップには、中国の政治・経済・文化に関する一般的なの新聞記事らしき「広告」が掲載されている。一見すれば、一般的な新聞の構成と何ら変わらない。あなたはこれを、「中国の分析記事」だと思って真面目に目を通してしまうかもしれない。

 現に、多くの米国人が、「チャイナ・ウォッチ」を新聞だと思っているかもしれないのだ。しかし、これは中国の世論工作である。前編で紹介してきたが、「チャイナ・ウォッチ」は主に米国を中心として世界的に展開されている。筆者が意見交換した限り、ワシントンの有識者の間では、「チャイナ・ウォッチ」≒お馴染みの中国のプロパガンダと認識されるまでになっている。中国当局の手が、米国民の生活の中まで伸びていると、米国では警戒されてきたのだ。だが、日本ではもちろん米国一般市民とりわけ地方に住む米国民には、「チャイナ・ウォッチ」が広告であることはもとより、中国の世論工作の実態すらあまり知られていないのが現状だ。

 では、何も知らず、「チャイナ・ウォッチ」を読んだ米国民は、どのような影響を受けるだろうか?「予測不能」ともいわれるトランプ政権下の米国に、中国が世論工作を仕掛け続ける目的とは? 今回は、この奇妙な「広告」の米国の地方に対する影響に迫ってみよう。

米中貿易摩擦で焦点となった「大豆」

 昨年の米国中間選挙期間中、米国の特定の地方に関する次のような出来事があった。事の発端は、米中の貿易摩擦で、米国が中国からの輸入品に多額の関税をかけたことだった。2018年7月6日、米国は中国からの340億ドル相当の輸入品に関税を発動した。その対抗措置として、中国が、米国からの同額の輸入品に関税をかけ返したのだ。問題は、その輸入品目の中に、大豆が含まれていたことである。実はこの大豆、今回の米中貿易摩擦と、それに伴う中国の世論工作で、焦点の一つとなっている。

 「たかが大豆だろう」と思うかもしれない。しかし、特に米国産大豆は、中国国民の生活にとって大変貴重なものであるばかりでなく、米国の大豆農家にとっても重要な輸出品である。それゆえ、大豆は、トランプ大統領の政治生命にとっても大きな役割を果たす存在だと考えられていた。

農民の損失を訴える大豆のアニメキャラクター

 米中貿易で両国が一段と対立を深めていた2018年9月27日、突然、米国の中西部にあるアイオワ州の有力紙「デモイン・レジスター」に、「チャイナ・ウォッチ」と書かれた4ページにおよぶ広告が折り込まれ、店頭に並んだ。中国政府系英字紙を発行するチャイナ・デイリー社が、デモイン・レジスターに、トランプ大統領を批判する広告記事を掲載したのだ。広告は、「チャイナ・デイリーが執筆し、広告費用を負担した」というデモイン・レジスターの但し書き付きだ。

 前述のとおり、「広告」と表記があるにもかかわらず、紙面の構成が一般的に出回っている新聞と何ら変わらない。チャイナ・ウォッチが一体何かを知らずに目を通す購読者にとって、新聞の一部として目に映りやすいよう、わざとこのような構成になっているのだ。そのため、読者は新聞記事だと誤解して、その内容を信じてしまうかもしれない。中国共産党が、こうした手法で世論に影響を及ぼそうとしているとは知らずに。

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