Washington Files

2019年8月26日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

(iStock.com/flySnow/Purestock)

 「株主最優先」を社是としてきた米大企業の経営者たちの間で、過去の経営理念を見直し、これまで以上に従業員への利益還元や社会貢献を重視する“覚醒”の動きが出始めた。名だたる億万長者たちも所得格差是正のための「富裕税」新設の重要性を訴えており、今後アメリカの企業カルチャーの変革につながるか、大きな関心が集まっている。

 アップル、ペプシ、フォード、ウォルマートなどアメリカの代表的企業経営者で組織する「Business Roundtable」は19日、従来の経営理念からの脱皮をめざした「企業の目的について」と題する異例の声明文を発表した。

(Fokusiert/gettyimages)

 事前配布されたプレスリリースによると、同組織はまず「1978年以来、適切な時期にそのつど『コーポレート・ガバナンスの諸原則』を発表してきたが、とくに1997年以後の毎回の文書では、『企業の根本的存在目的は株主への奉仕にある』として、株主最優先主義を支持してきた」ことを初めて率直に認めた。その上で、同日付の文書について「今回の新たな発表は、過去の一連の声明にとって代わるものであり、企業責任についてひとつの最新基準を提示したものである」と意義づけた。

 181社のCEOが署名した「新声明」は具体的に、以下のような点を強調している:

  1. われわれはアメリカの会社が顧客の期待に応えあるいはそれを乗り越える伝統をさらに推進していく
  2. 従業員投資にコミットする。すなわち彼らに公正な報酬と大切な恩典を保証し、訓練と教育を通じて激変する社会に対応できる新たなスキル開発を支援する
  3. われわれのサプライヤーたちともフェアに、そして公正な取引につとめるとともに、企業目的達成のために、大小を問わず他社とも良きパートナーとして協力していく
  4. 地域コミュニティを支援していく。企業が活動する地域コミュニティの住民に敬意を払い、あらゆる業種を通じ持続可能な方策により環境保全に取り組んでいく
  5. 企業に関わるすべてのステークホルダーはかけがえのないものであり、われわれは自社、地域コミュニティそしてわが国の将来の成功に向けて、ステークホルダー全体に価値を届けられるよう邁進する


 「新声明」発表に当たり、 「Business Roundtable」議長を務めるJPMorgan Chaseのジャミー・ディモンCEOは「アメリカン・ドリームはまだ存在するが、すり切れかかっている。新たな経営諸原則は、すでに多くの雇用主が従業員そしてコミュニティに投資しているように、すべてのアメリカ人に資する経済への揺るぎなきコミットメントを反映したものだ」として、その価値を高く評価した。

 ただ、盛り込まれた内容自体、世界ではとくに目新しいものではない。わが国では多くの大企業がはるか以前から、「経営理念」や「社是」として掲げてきたものばかりだ。

 たとえば、 三菱商事の場合、1920年以来の「企業理念」として①物心ともに豊かな社会の実現とかけがえのない地球環境維持に貢献②公明正大で品格ある行動を旨とし、活動の公開性、透明性を堅持③全世界的、宇宙的視野に立脚した事業展開―を「三綱領」として高らかに謳いあげている。

 住友商事は創業400年来の「事業精神」と銘打って①信用を重んじ、確実を根本理念とし、盤石のもとに繁栄をめざす②自らを利するとともに、国家を利し、社会を利する事業展開―の2本柱を前面に打ち出している。

 三井物産も「Mission, Vision, Valuesから成る経営理念」を掲げ①大切な地球、そこに住む人びとの夢あふれる未来つくりに貢献②世界中のお客のニーズに応えるグローバル総合企業を目指す③フェアで謙虚で社会の信頼に誠実に応える―などを盛り込んでいる。

 いずれの場合も、目先の利益追求だけを企業目的とし、「株主最優先」を強調するような
狭隘な文言はどこにも見られない。

 このような格調高い経営理念は、他の多くの一流企業にとっても同様だろう。

 この点では、日本の会社は、世界最強国を自認するアメリカよりはるかに先進的であり、今日に至るまで、社会的意識も格段に高いものになっているといえよう。 

 対照的にアメリカの場合、1929年の大恐慌をきっかけに一時は、失業救済と社会復興が最優先課題とされたものの、その後は今日に至るまで、弱肉強食の「利潤追求第一主義」が企業存在目的の主流となってきた。

 ニューヨーク・タイムズ紙はこの間の事情について、次のように論じている:

 「シカゴ大学のミルトン・フリードマン教授が、『ビジネスの社会的責任は増益にある』と提唱して以来、あらゆるコストを払ってでも最大限の利益をもたらすことが企業の役割だとする哲学が、ウォール街を席巻することになった。

 1980年代には、こうした風潮に悪乗りして企業乗っ取りが横行し、企業が発表する四半期ごとの収支報告に異常なほどの関心が集まった。フォード財団のダーレン・ウォーカー会長も、『シカゴ経済学』は投資家たちの脳裡に深く浸透し、CEOたちの思考パターンとして定着した、と認めた通り、ビジネス・ラウンドテーブルでも、1997年以来、経営者としての究極義務は株主に対するものだとの考えが、公式ドクトリンになった。

 しかし、2018年に至り、これがもはや時代錯誤のものであり、気候変動との戦いへのコミットメントも含め、社会的責任を求める声が高まった」

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