チャイナ・ウォッチャーの視点

2012年5月8日

»著者プロフィール
著者
閉じる

阿古智子 (あこ・ともこ)

東京大学総合文化研究科准教授

1971年、大阪府生まれ。香港大学大学院博士課程修了。在中国日本大使館専門調査員、学習院女子大学准教授、早稲田大学国際教養学部准教授などを経て、2013年から現職。専門は現代中国論。著書に『貧者を喰らう国 中国格差社会からの警告』(新潮社)がある。

 「国進民退」という言葉を聞いたことがあるだろうか。中国語で「国有企業が進み民営企業が退く」という意味である。

民営企業を次々買収し、潤う国営企業

 中国では近年、大型国営企業が民営企業を次々と買収し、海外投資や事業の多角化を進めている。2008年末に中央政府が4兆元規模の景気対策資金を投入したが、最もその恩恵を受けたのは公共事業を請け負った大手の国有企業だった。

 金融緩和で国有企業は資金調達も容易になり、順調に経営状況を好転させているのに対し、銀行から資金を借りることができず、民間の高利貸などに依存する民営企業は、景気が悪化すればたちまち経営基盤を崩してしまう。その上、近年批判の的になっているのが、地方政府が公権力を濫用し、民営企業の財産を奪ったり、人事や経営に口を出したり、ひいては企業の役員やその家族を逮捕し、重い刑罰を科したりするという問題である。

自殺、失踪、冤罪、死刑に追い込まれる民営企業家

 民営企業が不当な扱いを受けるという状況はずいぶん前からあるが、最近、この問題に関し論争が沸き起こっている背景には、主に3つの事情があると考えられる。

 1つ目は本コラムでも度々報じているが、重慶市を中心とする「打黒」(黒社会撲滅運動)の広がりによって冤罪が大量に生じた可能性があるということ。民営企業家のなかには十分な根拠がないにも関わらず「黒社会」(やくざ組織)を主導しているとされ、処罰される者もいる。2つ目は、浙江省温州市などで金融危機の影響をもろに受け、債務返済が滞った民営企業家の自殺や失踪が相次いだこと。3つ目は、「違法集金詐欺罪」で一審・二審共に死刑判決を受けた女性企業家・呉英の事案が大きな話題となっていることである。

呉英の死刑判決 一審・二審は差し戻しに

 呉英とは浙江省に本部を置く「本色集団」の法人代表で、07年2月、一般大衆から違法に7億7000万元の資金を集め、3億8000万元を返済不能に至らしめた容疑で逮捕された。

 09年の一審は違法集金詐欺罪で死刑判決、12年1月の二審も一審を支持したが、つい先日の4月20日、最高裁判所が死刑執行を承認しないと発表し、浙江省高級裁判所に判決を差し戻した(中国では死刑執行は最高裁判所の審査を経て最終的に決定される)。過去の事例を考えると、死刑判決が差し戻された場合、執行猶予付きの死刑判決や無期懲役になることが多い(執行猶予付き死刑の場合、受刑者が執行猶予期間中に問題を起こさなければ無期懲役に減刑される)。

死刑判決は「役人の保身のため」

 農民家庭に生まれた呉英は、美容技術を習得して美容サロンチェーンを展開し、26歳で総資産38億元を築いた。全国各地に人脈を開拓し、不動産や商品先物市場など様々な投資ビジネスに手を伸ばしていった。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る