2005~06年ごろ、「狂った油」、「食べるプラスチック」などと週刊誌などで大げさに書き立てられた物質があったこと、覚えていますか?
脂質に含まれる脂肪酸の一種、「トランス脂肪酸」です。トランス脂肪酸は、多く食べると狭心症や心筋梗塞など冠動脈疾患のリスクが高まるとされ、海外では食品中に含まれる量の上限値を決めている国があります。一方で、日本では「摂取量が海外ほど多くないとみられる」などとして規制が行われず、市民団体や一部の週刊誌などが強く批判していました。
そして、福島みずほ・社民党党首が2009年9月、内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全・少子化対策・男女共同参画)に就任してすぐ、「食品中の含有量の表示義務化」へ向けた検討を消費者庁に指示したのです。市民団体の一部はやんやの喝采でした。
別の健康リスクも
さて、その実態はどうだったのか? 本当にリスクは高いのか? 科学的にリスクを検討する「食品安全委員会」がこの3月、リスク評価書をまとめました。その結果、大多数の日本人にとってトランス脂肪酸のリスクは大きくなく、科学を無視したトランス脂肪酸批判が思わぬ弊害、別の健康リスクの増大すら招きかねないことがわかってきたのです。
「食の安全」における政治主導がなにをもたらすのかを浮き彫りにする事例です。解説しましょう。
日本人は摂取量が少ない
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脂質に含まれる脂肪酸は、二重結合の有無によって飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に分けられます。不飽和脂肪酸のうち、水素の結び付き方が互い違いになっているものを「トランス型」と呼び、この型を持っている多種類の脂肪酸を総称して「トランス脂肪酸」と呼んでいます。
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反すう動物(牛や羊など)の肉や乳などにも含まれますが、多くは植物油を加工する工程でできます。特に、植物油に水素を添加して硬化(固形化)し、マーガリンやショートニングなどにする時に比較的多くできます。これらはパンや菓子等の加工食品に多く使われるため、摂取量の増加につながります。
トランス脂肪酸は悪玉コレステロールと呼ばれるLDLコレステロールを増やし善玉コレステロールとされるHDLコレステロールを減らして、心血管系疾患の一つ、冠動脈疾患のリスクを上げると指摘されています。欧米では冠動脈疾患の患者が多く、トランス脂肪酸も注目を集めました。世界保健機関(WHO)は2003年、「トランス脂肪酸量は総エネルギー摂取量の1%未満とすべき」と勧告しています。表示を義務化した国もあり特に、06年に米国ニューヨーク市がレストランでのトランス脂肪酸禁止を通告して、日本でも広く知られるようになりました。