最高のものを創ってたくさんの人をわくわくさせたい。
ゲーム界を牽引してきたものづくりの精神とありったけの情熱で
世界から注目される奇跡のようなワインを生み出した。
開墾から始め長い年月をかけて育てたぶどう畑は今も、
人生のようにゆっくりと円熟へ向かっている。
ナパの奇跡
アメリカ西海岸、サンフランシスコから車で1時間半ほどのカリフォルニア州ナパヴァレー。1日の寒暖の差が大きくフランスのヴォルドーやブルゴーニュよりもぶどうの生育に適しているといわれ、大小600を超すワイナリーがひしめくナパで、2008(平成20)年に「紫鈴(りんどう)」「紫」「藍」と名付けられたワインが誕生した。初出荷と同時に絶賛され、全米で1番予約が取りにくいレストランといわれる「フレンチランドリー」のワインリストに加えられ、日本でもワイン好きの間で話題になっている。“ナパの奇跡” ともいわれるワインを創り出したのは日本人の辻本憲三である。あの「ストリートファイター」や「ロックマン」、「モンスターハンター」など伝説のゲームを世に出したカプコンの創業者といえば誰もがわかる。
ロバート・モンダヴィ、オーパス・ワン、ベリンジャーなどのワイナリーとぶどう畑が続く州道ルート29から外れて15分ほど山道を登っていくと、忽然とケンゾーエステイトの門が現れる。東京の中野区とほぼ同じ470万坪のなだらかな丘陵地の中には湖がいくつもあり、鹿や小動物もひょっこり姿を見せる。そんな自然の中のテイスティング施設で、束の間の休日を過ごす辻本がどこまでも続く美しいぶどう畑を眺めていた。
「ここはね、カプコンがアウトドアの遊びを展開できないかと手に入れた土地だったんです。子どもがゲームばっかりして家から出ないと言われて、それなら外での遊びも考えようといろいろ工夫したんだけどなかなかうまくいかなくてね。会社組織では、かけた資本は一定の期間で収益を上げなければいけない。それなら会社から個人で買おうかと私財を投じたわけです。会社なら時間との勝負だけれど、個人所有なら時間の制約がなくなる。ライフワークという視点で何をしようか考えることができる」
ナパの広大な土地をワイナリーのために購入したわけではなかったというのは驚きだった。結果的に会社を圧迫する存在になってしまった土地を個人で引き受け、自らの生涯を賭けられるものをそこから探す。1990年。辻本が50歳の時だった。
「お酒は好きでいろいろ飲んでいたけどワイン通ということでもなかった。でも、会社がシリコンバレーに進出して、カリフォルニアワインを飲み始めるようになってね。カルトワインというものがあることを知って、飲んでみたら凄いもんだなと感じたんですわ。こんなワインを日本でみんなが飲めたらいいなあと思っていたら、ナパの人たちが土地を貸してくれとやって来るようになった。聞くと、ぶどう畑にしたいという」