渡辺将人の「アメリカを読む」

2012年10月22日

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渡辺将人 (わたなべ・まさひと)

北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授

1975年生まれ。シカゴ大学大学院修了。米下院議員事務所、H・クリントン上院選本部、テレビ東京報道局「ワールドビジネスサテライト」、政治部記者、コロンビア大学、ジョージワシントン大学客員研究員を経て現職。専門はアメリカ政治。著書に『分裂するアメリカ』『オバマのアメリカ』(ともに幻冬舎新書)、『評伝バラク・オバマ』(集英社)、『見えないアメリカ』(講談社現代新書)、『現代アメリカ選挙の集票過程』(日本評論社)、共著に『オバマ政権のアジア戦略』(ウェッジ)、『オバマ・アメリカ・世界』(NTT出版)など。

 2012年9月5日、筆者は「タイム・ワーナー・ケーブル・アリーナ」で、目の前に突然登場したバラク・オバマと演説を終えたビル・クリントンの抱擁に驚かされていた。ノースカロライナ州シャーロットで開催されていた民主党全国党大会に参加していた私は、ちょうどビル・クリントンの真後ろの位置からクリントンの演説を見ていた。演説終了後、オバマがサプライズで登場したのは周知の通りだ。オバマの登場は党関係者の間で事前に囁かれていたが、オバマ陣営の「戦い方」の微修正を象徴する、クリントンとの融和アピールの含意がそこにはあった。

1992年の熱狂を彷彿とさせた
クリントンのアドリブ演説

 オバマ陣営はビル・クリントンに2日目の演説という大役を依頼した。しかし、党大会でビル・クリントンにオバマ陣営が演説を依頼するのは今回が初めてではない。2008年のコロラド州デンバーでの大会でも2日目にクリントンは演説した。しかし、2008年と2012年の演説とオバマ陣営とクリントンの関係とは質的な変質を遂げていた。

 クリントンは約50分にわたって熱弁をふるった。演説原稿がテレプロンプターに丸見えになっていたので、私はプロンプターの原稿モニターを見比べながら演説を聞いていた。驚いたことにクリントンは3分の1以上、アドリブを入れて原稿通りの演説をしていなかった。相当にノッていたのである。「He」を「Obama」に変えたり、という名称の変更は当然のこと、原稿の合間にアドリブの演説をどんどん差し挟み、その都度、オペレーターはプロンプターのスクロールを止めねばならなかった。

 クリントンは「どんな国にあなたは住みたいか?」と選択を提起した。「自分自身で何でもする、勝者総取りの社会に住みたいなら、共和党の候補者たちを支持すべきだ。もし繁栄と責任を分かち合う国、皆でいっしょにという社会を望むなら、バラク・オバマとジョー・バイデンを選ぶべきだ」と述べた。オバマ陣営はクリントンの1992年のキャンペーンソング、フリードウッド・マックの「Don't Stop」まで会場に響かせた。場内は1992年にタイムスリップしたかのようだった。オバマ陣営の思惑とは何だったのか。

オバマ陣営を悩ませた「6月危機」

 再選に向けて「経済ポピュリズム」に舵を切ったオバマ陣営だったが、これまで幾多の危機を乗り越えてきたなかで「6月危機」はとりわけ苦境だった。この時期オバマの再選は難しいかもしれないと言われていた。

 2012年9月の民主党全国党大会に先だって、6月にワシントンを訪れていた私は、オバマ陣営関係者や民主党全国委員会の上級幹部から悲観論ばかりを聞かされた。逆に言えば「6月危機」をなんとか乗り越えて全国党大会で支持率を上積みし、ここまできたという体験がオバマ陣営の直前の原動力にもなっている。

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