チャイナ・ウォッチャーの視点

2012年11月16日

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平野 聡 (ひらの・さとし)

東京大学大学院法学政治学研究科教授

1970年、神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。東京大学法学部教授。アジア政治外交史担当。著書に『大新帝国と中華の混迷(興亡の世界史17)』(講談社)、サントリー学芸賞を受賞した『清帝国とチベット問題 多民族統合の成立と瓦解』(名古屋大学出版会)がある。

11月に再来日したダライ・ラマ14世

 ヒマラヤの北に広がる雪山の地・チベットの精神的指導者であるダライ・ラマ14世は、半世紀以上にわたる中国の凄まじい圧力に屈することなく、自由と尊厳を求めるチベットの人々の期待に寄り添い続けたのみならず、仏教をはじめ様々な文明・宗教に内在する寛容の精神を説くことで、国際社会におけるチベット及びチベット仏教文化の地位向上に努めてきた。そのダライ・ラマ14世が、この11月に日本を再訪した(概要は、ダライ・ラマ法王日本代表部事務所公式HPを参考されたい)。

 日本社会が仮に平穏無事な状態であれば、この訪問は仏教に強い関心を持つ人々にとって、さまざまな心の問題や社会的問題を考える好機として捉えることができよう。

 しかし、長年にわたり中国とその周辺諸地域との関係を研究してきた筆者からみて、今回のダライ・ラマ14世訪日はそのようなレベルをはるかに超えた、日本とチベット双方にとっての歴史的画期(区切り)であるのかも知れない。中国共産党が11月8日から第18回党大会を開催し、胡錦涛体制から習近平体制へと移行する節目を迎えた中、かつて中国共産党のために自立を失い亡命を強いられたチベットの指導者が、いま中国共産党のために鋭い「文攻武嚇」の刃を突きつけられ尊厳を脅かされている日本に、まさにその党大会の期間居合わせたのである。

 これは単なる偶然かも知れないが、これほど隠れた絆を痛切に感じる関係もそう多くない。日本とチベットはともに、長い歴史の積み重ねを通じ、世界的に高く評価される価値を創造してきた。しかしチベットは61年前に事実上の自立を失った。日本の尖閣諸島に対する国際法的にみて非の打ち所のない領域支配は、中国の作為のために危機にさらされている。

 そこで以下、チベットが中国との関係でたどった歴史をごく簡単ながら回顧することで、チベット近現代史と今の日本が置かれている状況は近似していることを示し、日本がチベットと同じ運命をたどらないようにするための参考に供したい。

「中国」にも魅力を放ったチベット仏教

 尖閣の帰属が近代主権国家システムの導入まで不明確であり、結果的に日本が1895年に先占したのと同じく、チベットが果たして歴史的に「中国の一部分」だったのか、それとも「独立した主権国家」だったのかを論じることは極めて難しい。しかし、漢字文化が普及した文化世界としての「中国」との接点はあった。

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