この熱き人々

2013年2月14日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 「8000メートル級の山の頂上って本当に生命感のない、非常に危険だということがヒシヒシと伝わってくるところなんですよ。頂に到達した時に最初に思うことはね、その先には空しかありませんから、ああ、もう登らなくていいんだという安堵感。で、次に感じるのは恐怖感です。明らかに生き物が生きていける場所じゃない。生き物の自分がそこにいることがあまりに不自然に思えて、怖くなってくるんです。だから早く下りたいと思う」

 達成感や喜びに浸らせてくれるようなやさしい山ではない……8000メートルという高さの厳しさに息をのむ。制覇とか征服という表現は人間の驕りで、自分はそんな気持ちで山に登ったことはないと静かに語る竹内は、180センチの長身ながら極めて痩身。現在は体重62キロ。素人は山男というとつい過酷さに耐えるがっちりした体格とたくましい風貌を連想しがちだが、そんなイメージからはほど遠い。

 「体重が50キロ台になると、電車で人に当たると痛い。座る時も、何か敷いていないとダメですね。僕のやっている高所登山は、筋肉をつけちゃいけないんです。筋肉は酸素の消費量が多いので、高所の低酸素状況の中ではがっちりしちゃっては困るんです」

 そう言いながら、竹内は自分の両手の爪に目をやった。

 「今はすっかりきれいになったけど、ちょっと前まで爪の色が縞々だったんです。登山中に生えた爪は色が変わっちゃうんですよ。白い爪になる。登山前、登山中、登山後でピンク、白、ピンクとはっきり縞になっちゃう」

 低酸素の身体へのストレス、極度の緊張の中で体力をぎりぎりまで使うことのストレスが、どれだけ心身に負担をかけているかを、爪の色がくっきりと映し出す。こんなに苦労して、極限までのストレスに耐え、頂上ですら和ませてくれない登山を続けるエネルギーは一体どこから生まれてくるのだろうか。

 「山登りは、全部が楽しいんですよ。どの山に登ろうか考えるのが楽しい。山が決まって、装備は何を持って行こうか、何を着て行こうか考えるのが楽しい。道具を揃えたり準備するのが楽しい。行って、登って、頂上に達して、帰ってくるのが楽しいし、次はどこにしようか考えるのが楽しい。頂上に立った瞬間とか頂上手前の状況とか切り取ってしまうと決して楽しいことじゃないんだけど、こういう登山の連鎖全体が楽しいわけですよ」

 山を知らない者は、そうなんだ……と何となくわかった気にはなるが、なかなか命懸けの過酷さと楽しさという言葉が気持ちの中で見合ってくれない。 連鎖させるもの、何が起こるかわからない恐怖に何度も挑みたくなるもの、それを楽しいと感じさせるものは何なのか。その姿を見極めるためにもう一歩よじ登りたくなる。

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