「子縁」でつながる秋津地域のお父さん 

2013年3月7日

»著者プロフィール
著者
閉じる

岸 裕司 (きし・ゆうじ)

秋津コミュニティ顧問

1952年東京生まれ。広告・デザイン会社の(株)パンゲア代表取締役、習志野市立秋津小学校PTA会長時に秋津コミュニティ創設、会長を経て現在顧問兼秋津小学校コミュニティルーム運営委員会顧問。文部科学省委嘱コミュニティ・スクール推進員、学校と地域の融合教育研究会副会長、埼玉大学・日本大学非常勤講師、ほか。著書に『「地域暮らし」宣言』『学校を基地にお父さんのまちづくり』(ともに太郎次郎社エディタス)、『学校開放でまち育て』(学芸出版社)など。

 「この辺は、千葉工業大学の下宿学生が多かったことと、廃材でお湯を沸かすから以前から安くしていたんです」と、あるとき七郎おじいちゃんが私に話しました。

 この温かいぬくもりのある七郎おじいちゃんの心根も、三橋湯の大きな魅力でした。

三世代で生涯学習

 ところで根津おじさんは、ヴァイオリンはもちろんですが、ギターにトランペットにドラム叩きにと、楽器をなんでもこなします。市立習志野高校生の時代には、応援歌もつくりましたし。阪神で活躍した掛布選手は習志野高校の卒業生で、掛布選手の時代の野球部が甲子園に初出場したときにつくりました。それ以来、「♪フーレー♪フーレー、♪ナラシノ~♪」と歌い継がれています。

 で、根津おじさん家族は「三世代ファミリーバンド」をしていました。根津さんのお母さんがパーカッション、根津さんのお連れ合いがシンセサイザーで、当時高校生の長女がベースギター、中学生の長男がファーストギターで根津さんがドラムでね。で、長男がベンチャーズの「テケテケテケ」を秋津音楽亭で弾いたときは、満場の拍手でした。

 根津ファミリーは、秋津コミュニティの目的である生涯学習を三世代で素敵に実現していたのです。

被災地励まし行脚や
「蛇の油売り」の大道芸口上

 で、いよいよ大道芸口上の幹 泰郎(やすろう)おじさんの登場です。

3.11東日本大震災で高台にあることから大津波の難を免れた岩手県宮古市立鍬ヶ崎(くわがさき)小学校で幹泰郎おじさんがバナナのたたき「あげ」大道芸口上を熱演。「あげ」は、「売り」ではなく「あげ」るから。まだ学校が避難生活者でいっぱいの2011年7月31日。

 幹さんは、兵庫県加古川市にある聖徳太子を開祖とする古刹の鶴林寺の四男坊。なので、幼少時から境内で開く縁日の大道芸を見ながら育ちました。いつしか自分で大道芸口上を演じたくなり、大手銀行の役員にまで上り詰めての退職後に秋津や3.11東日本大震災での被災地励まし行脚などで演じまくっています。

 で、今日の出し物は「蛇の油売り」だって!

 「ガマの油」は聞いたことがあるけれど、「蛇の油」は知りませんでした。幹おじさんは、多分ガマの油売りのプライオリティーを尊重しての配慮から蛇に変えたのでしょう。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る