2024年5月21日(火)

Wedge REPORT

2023年2月1日

 世界最悪の原子力事故とされ、多くの人々に特異な被曝があったチョルノービリでさえ、「地域保健最大の問題はメンタルヘルスへの衝撃」と総括された。まして、人々の放射線被曝線量がチョルノービリに比べ文字通り桁違いに低く、すでに国連科学委員会(UNSCEAR)からも「放射線被ばくが直接の原因となるような将来的な健康影響は見られそうにない」と報告されている福島では尚更だ。

 東京電力福島第一原発事故では、実測データや科学的事実、量の概念を無視して「風評ではなく実害!」「素朴な不安に寄り添え!」「放射線の影響はまだ判らない!」などと訴える声も少なからず見られてきた。しかし、これまで述べた先行研究の知見を踏襲すれば、そうした偏見と風評、不安の温存こそが人々の健康に深刻なリスクとなり、真の実害をもたらすことは明らかと言えるだろう。

 現に福島では被曝そのものを原因とする健康被害は起きなかったものの、無理な避難などに伴う震災関連死(自死も含む)や健康被害が他県に比べ突出している。

 本来は不必要であった自主避難を強行して家族が離散した例もある。根拠無く煽られた不安で過度に絶望し、失意のまま世を去った人もいた。福島で被災した著者も、流言飛語や偏見差別、風評が人々にもたらした悪影響の数々を実際に目の当たりにしてきた。おびただしい「関連死」すら、それら悲劇が可視化された一例に過ぎない。

 無論、それら被害の一元的な原因は原発事故を防げなかった国と東電にある。しかし、それは決して事故に乗じて不安と恐怖を煽り、避けられたはずの二次被害をもたらした「風評加害」を免罪する理由にはならない。

なぜ、行政が小出氏の講演会を後援したのか

 話を戻そう。小出裕章氏の講演会チラシでは、この期に及んで「放射能汚染水の海洋放出を強行」などと訴えた。ところが、この講演会に対して朝日新聞と東京新聞の他、開催地である福島県三春町、三春町教育委員会、福島テレビ、ラジオ福島といった一部の地元自治体や企業が後援として名を連ねたのだ。

 小出氏はこれまでも各地で講演会を行ってきたが、少なくとも21年以降の直近2年間で自治体が後援したケースはない。教育委員会が後援したケースは21年の北海道北見市講演で確認されたものの、この1件のみに留まっている。

 東電原発事故の影響に関し、国連科学委員会(UNSCEAR)報告書をはじめとした国際的知見も出揃い、もはや科学的議論には決着が着いた近年になってもなお、公的機関が小出裕章氏の講演を後援したのは異例と言えるだろう。

 無論、たとえ国際的・科学的知見に真っ向から反し、風評を拡散しかねない講演会であろうとも開催自体は自由と言える。しかし、なぜ被災地の公的機関である自治体と教育委員会が敢えて後援にまで乗り出したのか。誰がその責任を負い、代償を支払うのか。

 筆者は2023年1月11日、この講演会に後援を行った三春町、三春町教育委員会、朝日新聞、東京新聞、福島テレビに対し問い合わせフォームまたは電子メールから質問書を送付した。(ラジオ福島のみ、問い合わせ窓口が無かったため断念した)


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