2024年5月17日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2023年8月29日

 もともと中国人は政治風刺やジョークが大好きだし、比喩によって風刺することも多い。2010年に反体制知識人の劉暁波(リウ・シャオボー)がノーベル平和賞を受賞した際、リベラル系新聞の南方週末は、鶴と空の椅子が写った写真を一面に掲載した。監獄に入れられて受賞式に出席できない劉暁波を暗喩したというわけだ。この写真は大きな話題となり、中国政府は「空の椅子」などの関連ワードを検閲対象とすることで、それ以上話題が拡散しないように対応した。

 20年2月に、中国で最初に新型コロナウイルスの流行を告発した医師・李文亮がコロナによって死去した際には、ロウソクのアイコンだけをソーシャルメディアに投稿して追悼の意を示すムーブメントが広がった。

 商業メディアとインターネットが一気に普及した2010年代は暗喩による社会風刺の全盛期だったが、12年に習近平体制が成立した後、次第に数は減っていった。それというのも、2010年代は直接の政府批判でなければインターネットでの言論発表には比較的寛容であったのに対し、習近平体制では政府批判や社会批判までも取り締まるようになったためだ。その背景には「正能量」(ポジティブ・エナジー)をキーワードに、政権擁護的なムードを作り出す目的があった。

 愛国ムードの高まりもあり、中国共産党はよくやっている、あるいは日本など外国はよろしくないという話題が増える。以前にある在日中国人インフルエンサーに聞いたところによると、「日本の農村は美しい」という話をしただけでも、「中国の農村は汚いというのか」と言いがかりをつけられることもあり、発言には慎重にならざるを得ないという。

怒りや不満があふれる目前か

 ネット検閲、世論コントロール能力をさらに高めた中国政府だが、それでもときおり中国人民の怒りが間欠泉のように吹き出してくる。李文亮の追悼、あるいはゼロコロナ政策転換のきっかけともなった抗議運動「白紙革命」などもそうだ。そして、「羅刹の海市」の大ヒットもそうした流れに位置づけることができるかもしれない。

 ネット検閲の壁をくぐり抜けて社会風刺が〝バズる〟のは、中国人民の不満や怒りが閾値を超え、押し止められなくなった時だ。「あべこべの国」という揶揄が今、これほど共感を呼ぶのは、盤石に思えた中国経済や社会がぐらついていることのあらわれなのだろう。

   
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