児童自立支援施設・茨城学園
自分の過去と向かい合った卒業生たち


大元よしき (たいげん・よしき)  ライター

1962年東京生まれ。外資系IT企業からライターに転身。スポーツのほか、歴史関連も執筆中。著書に『あの負けがあってこそ』『命のバトン―自閉症児と個性派不登校児の教室』『1万回の体当たり―タックルマン石塚武生 炎のメッセージ』(以上ウェッジ)、『一緒に見上げた空』(扶桑社)。

ルポ・少年院の子どもたち

»最新記事一覧へ

「あの子がなぜ相撲部屋に入ろうとしたのか、そのキッカケは去年の修学旅行でお腹いっぱいお鍋を食べたからなんですよ(笑)。最初に『相撲』と聞いたときは未経験だし大丈夫かなと思いましたが、自分で選んだ道だし、食べれば食べるほど大きくなるような子なので、教員たちが各地の相撲部屋に『新弟子は募集していますか?』と電話をかけたんですよ。それで縁あって入門が叶い、卒業前からお世話になっています。今はまだ小さいですけどね、成長期なのでこれからどんどん大きくなると思うんです。すでに8kgも増えたそうですから。これからが楽しみですよ」

 ソワソワと落ち着きのない教室を眺めながら、鈴木洋一副校長は卒業式を待たず相撲部屋に入門した卒業生のことを嬉しげに語った。

 36年間を過ごした教員生活最後の卒業生を送り出し、鈴木は定年を迎える。見慣れたはずの教室にも特別の感慨があったに違いない。

ごまかし、反省したふりをしたことも…

 2014年3月14日、児童自立支援施設・茨城県立茨城学園の卒業式が行われた。

一人ひとり卒業証書を受け取る生徒たち

 東日本大震災により倒壊した体育館はモダンな外壁に囲まれた開放的な空間として再建された。その真新しい体育館には一足早く巣立って行った1名を除く19名(小学生1名)の卒業生が揃った。

 「ここに来たときは、少年院に行くよりはましだという投げやりな気持ちでした。こんなところに来たって、何も変わりゃしないと心の中で思っていました。でも自分と向かい合えるようになると、今までの自分をなんとかして変えなければいけないと考えられるように変わっていきました」

 卒業生のひとりA君が変わったキッカケは水泳部に入部したことだそうだ。下級生の部員たちが頑張っている姿を見て、「彼ら以上に泳げるようになってやる」という気持ちや人から応援される快さが、自分を積極的な気持ちにさせてくれたと振り返った。また、大会で選手宣誓の大役を担い、放課後声が枯れるまで練習したことも自信を加速させたようだ。

1
nextpage
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
「ルポ・少年院の子どもたち」

著者

大元よしき(たいげん・よしき)

ライター

1962年東京生まれ。外資系IT企業からライターに転身。スポーツのほか、歴史関連も執筆中。著書に『あの負けがあってこそ』『命のバトン―自閉症児と個性派不登校児の教室』『1万回の体当たり―タックルマン石塚武生 炎のメッセージ』(以上ウェッジ)、『一緒に見上げた空』(扶桑社)。

WEDGE Infinity S
ウェッジからのご案内

Wedge、ひととき、書籍のご案内はこちらからどうぞ。

  • WEDGE
  • ひととき
  • ウェッジの書籍