事故と同日に金メダル 「障害者として扱わない」ことで鍛えられた心身

鈴木猛史さん (ソチ・パラリンピック金・銅メダリスト アルペンスキー)


大元よしき (たいげん・よしき)  ライター

1962年東京生まれ。外資系IT企業からライターに転身。スポーツのほか、歴史関連も執筆中。著書に『あの負けがあってこそ』『命のバトン―自閉症児と個性派不登校児の教室』『1万回の体当たり―タックルマン石塚武生 炎のメッセージ』(以上ウェッジ)、『一緒に見上げた空』(扶桑社)。

障害者アスリート~越えてきた壁の数だけ強くなれた

世界最高峰の障害者スポーツ大会『パラリンピック』を目指すアスリートたちの「乗り越えてきた壁」に焦点を当て、スポーツの価値や意義を問うと共に障害者アスリートを取り巻く環境について取材していく。

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「急斜面は怖くないんですか? 」

 「怖いならやめてしまえ! 」

 小学4年生だった鈴木猛史は予期していなかった厳しい言葉に衝撃を受けた。

 それは鈴木の住む福島県猪苗代町に長野パラリンピックの金メダリスト志鷹昌浩選手が講演に訪れたときのことだ。急斜面を滑る恐怖を克服するにはどうしたらよいか質問したところ、「怖いならやめてしまえ! 」という答えが返ってきたのである。

 「その当時の僕は急斜面が怖かったんです。だから志鷹さんに怖くないのかお聞きしたかった。でも容赦なく『やめてしまえ!』ですからね。僕は負けず嫌いだから、そんなこと言われたくないよと思って、その後はチキショ~って泣きながら滑りました(笑)。それをキッカケに急斜面を滑れるようになっていったんです」

鈴木猛史さん

 「あれは子供には厳しい言葉でしたが、甘やかしたり、ごまかしたりしない志鷹さんの本心だったと思うんです。海外では日本のように緩い斜面はないんですよ。だから、小さい頃からビビッているなら早めにやめて、別の競技に移ったほうがいいとお考えになったんでしょうね。きっとそういう意味だったと思います。あの言葉をそのまま受け止めていたら、今の僕はなかったかもしれません」

トラックに轢かれ、両足を失う

 鈴木猛史、2014年ソチ・パラリンピック アルペンスキー「回転」金メダリスト・「滑降」銅メダリスト。

 1988年福島県猪苗代町に生まれる。祖父母と両親、二人の妹の7人家族の長男として活発な幼少期を送っていた。

 何かスポーツをやらせたいと母親同士仲の良かった友人とスイミングクラブにも通っていた。また猪苗代町はスキーの盛んな地域なので、鈴木も幼い頃から馴染みがあり、「学校の授業で恥ずかしくない程度に」と母親に勧められてスキーを習っていた。

 本人いわく活発で落ち着きのない子どもだった。

 そんな鈴木に突然の悲劇が襲いかかった。

 小学2年生の春休みの直前、学校からの帰宅途中にいつもなら使わないはずのバスに友人といっしょに乗ったのである。

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「障害者アスリート~越えてきた壁の数だけ強くなれた」

著者

大元よしき(たいげん・よしき)

ライター

1962年東京生まれ。外資系IT企業からライターに転身。スポーツのほか、歴史関連も執筆中。著書に『あの負けがあってこそ』『命のバトン―自閉症児と個性派不登校児の教室』『1万回の体当たり―タックルマン石塚武生 炎のメッセージ』(以上ウェッジ)、『一緒に見上げた空』(扶桑社)。

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