マレーシア機撃墜事件で悪化した日露関係

欧米・ロシアの間でバランスをとる日本


廣瀬陽子 (ひろせ・ようこ)  慶應義塾大学総合政策学部准教授

1972年東京生まれ。専門は国際政治、コーカサスを中心とした旧ソ連地域研究、紛争・平和研究。主な著作に『旧ソ連地域と紛争――石油・民族・テロをめぐる地政学』(慶應義塾大学出版会)、『強権と不安の超大国・ロシア――旧ソ連諸国から見た「光と影」』(光文社新書)、『コーカサス――国際関係の十字路』(集英社新書)【2009年アジア太平洋賞特別賞受賞】など。

解体 ロシア外交

紛争、エネルギー、政治、経済など様々な外交カードを所持し、それを絶妙なタイミングで切るロシア。日本の隣人でありながらその内側がなかなか見えない大国に、不気味な印象さえ抱く。ロシアの外交、そしてその動きの背景を、ロシアと周辺国事情に詳しい著者が読み解く。

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一連の拙稿で述べてきたように、ウクライナの危機は3つの展開を経て来て、8月現在もまだなお、第3の危機が継続中だと考えて良いが、第4の危機といっても良いかも知れない事件が7月17日に起きた。マレーシア機撃墜事件である。

マレーシア機撃墜事件の衝撃と解明されない真相

 80人の子供を含む298人の乗員乗客が犠牲となった、第三国の、しかも民間機をおそった悲劇に世界は騒然となった。そしてこの事件を機に、関係アクター間の非難の応酬やプロパガンダ合戦が激化する一方、誰もが納得しうるような事実の解明はまだなされていない。

 ウクライナ東部の親ロシア派が、ロシアから供与された地対空ミサイル「ブーク」(NATOコードはSA-11「ガドフライ」、ロシアでは9K37 Buk-1M「ブーク」と呼ばれる)を用いて、マレーシア機を誤射したという説が一般的である一方、親ロシア派はブークを持っていないので、ウクライナ軍による誤射だと主張している。また、ロシアは撃墜されたマレーシア機の後ろを2機のウクライナ軍機が飛んでいたというレーダー情報の証拠を示しつつ、ウクライナ政権側が撃墜を挑発したと主張するなど、さまざまな主張が飛び交っている。

 しかし、墜落現場周辺は親ロシア派の勢力圏であり、戦闘や妨害で調査も進められない中、真実を突き止めるのは極めて難しい状況だ。現場周辺の状況についても、関係アクターの議論が対立している。欧米は親ロシア派が調査を妨害し、被害者の遺品を盗んだり、カードを使ったりしていると批判する一方(ただし、この件については親露派も一部そういうことがあると認めている)、オランダの調査団が調査の妨害をしているのはむしろウクライナ軍であり、親ロシア派はブラックボックスも無傷で引き渡したし、遺体の収容や冷蔵列車での搬送などでも一生懸命協力してくれたと話すなど、聞こえてくる状況はまるで真逆である。

 本稿ではマレーシア機撃墜事件の真相を議論することは避けるが、同事件は世界に大きな衝撃を与えただけでなく、全てのアクターにとって打撃となり、ひいては日露関係にも影響したことは間違いない。本稿では、ウクライナ危機が始まってからの日露関係を概観しつつ、マレーシア機撃墜事件の日露関係の影響、そして今後の展望を考えてみたい。

日本の対露制裁 苦渋の選択 

 ロシアがクリミアを編入してから、欧米諸国は段階的に対露制裁を強化してきた。最初、つまりクリミア編入時の欧米の制裁は極めて軽微で、それについてはロシアのクリミア編入を諸外国がある程度容認しているから、今後ロシアがウクライナに軍事介入をする場合などに制裁のより強いカードを保持しておくため、などの理由が考えられた。

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「解体 ロシア外交」

著者

廣瀬陽子(ひろせ・ようこ)

慶應義塾大学総合政策学部准教授

1972年東京生まれ。専門は国際政治、コーカサスを中心とした旧ソ連地域研究、紛争・平和研究。主な著作に『旧ソ連地域と紛争――石油・民族・テロをめぐる地政学』(慶應義塾大学出版会)、『強権と不安の超大国・ロシア――旧ソ連諸国から見た「光と影」』(光文社新書)、『コーカサス――国際関係の十字路』(集英社新書)【2009年アジア太平洋賞特別賞受賞】など。

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