あの負けがあってこそ

2014年9月10日

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 奇蹟という言葉を安易に使いたくはないし、使ってはならないと思っている。しかし、この星における生命誕生に至る壮大なストーリーを想う時、人智の遠く及ばない夥しい奇跡の連続に対して、ただ感謝の念で応える他はない。

 生命の源であり地球の表面の約70%を覆う海は、多様な生命に豊かな恵みをもたらすと共に、時として人々の生活や生命に脅威となる存在でもある。

 楽しいはずの夏の海。

 そこで起こった悲しい出来事が一人の人間の人生を変えた。

行方不明の子どもを必死に探すも…

 小峯力(コミネ ツトム)、1963年横浜市に生まれる。

 日本体育大学に入学した1年目の夏。日本赤十字社の水上安全法の講習を受けていた小峯は、西浜サーフライフセービングクラブ(以下、西浜SLSC)の一員として、国内最大規模の海水浴場である片瀬西浜海岸で夏季の救助活動についていた。

 8月のある日の午後、「子どもが行方不明になっている」と救助員(当時はライフセーバーという名称ではなく救助員と呼ばれていた)たちに一報が入った。名前や年齢、特徴をトランシーバで確認した小峯たちは、最初に海に入った場所を確認後、広い浜辺を風下から捜索を始めた。

 こうしたケースのほとんどが迷子である。どの子も海に入り始めた頃は親の姿を時折確認しながら遊んでいるものの、夢中になって波と戯れているうちに風に押され、波に流され、知らず知らず風下に移動してゆく。そして、ある時、親の姿が見えないことに気づき、慌てて浜に上がって親を探すうちに、風に押されるようにして、さらに風下に向かって迷子になってしまうケースが多い。この日の救助員たちも、こうしたプロセスを理解して探していた。

 日本一海水浴客の多い浜は人でごったがえし、仮に子供が溺れそうになっていたり、そう見えたりしたときは、近くの大人に声を掛けられて助けられることが多かった。

 しかし、開始から2時間半が経過しても「迷子発見!」の連絡が入らない。普段ならばすでに発見されている時間のはずだ。

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