韓国の「読み方」

2014年9月29日

»著者プロフィール
著者
閉じる

澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、前ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11〜15年ソウル支局。15年5月から論説委員。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『LIVE講義 北朝鮮入門』(10年、東洋経済新報社、共著)、訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。毎日新聞サイト内に主な記事などを集めた個人ページ「アンニョン!@ソウル」がある。近著に『韓国「反日」の真相』(15年、文藝春秋)。

 それが、北海道新聞の記事が出た後は、慰安婦問題に関する重大証言という扱いに変わった。背景として考えられるのは、同年8月に元慰安婦による初の実名証言があったことで韓国内の関心が高まっていたことだ。MBCは北海道新聞の報道後、吉田氏が「慰安婦強制連行の真相を暴露した」と報じたが、なぜか84年の自らの番組には触れなかった。

 もちろん、朝日新聞の慰安婦報道が韓国世論に全く影響を与えなかったわけではない。宮沢喜一首相(当時)の訪韓直前だった92年1月に一面で「慰安所 軍関与示す資料」と報じた時には韓国世論が沸騰し、5日後にソウルで行われた日韓首脳会談で大きな問題となった。ただし、これは、首脳会談直前というタイミングが大きく作用したものだ。

慰安婦と女子挺身隊の混同

 朝日新聞を巡っては、90年代初めまでの記事における慰安婦と女子挺身隊の混同も問題とされた。ただ、韓国では80年代初めの時点で既に両者の混同が一般的だったため、朝日新聞はこれに引きずられた可能性が高い。

 韓国紙・朝鮮日報の記事データベースで「挺身隊」という言葉を調べると、80年代に計9本の記事があり、少なくとも8本は慰安婦と挺身隊を混同していた。中には「日本軍の慰安婦(挺身隊)」と書いている記事もあるが、多くは「慰安婦」という言葉を全く使っていない。50~70年代には、米軍兵士の相手をする女性という意味で「慰安婦」という言葉を使った記事がたくさん出ているため、これとの混同を避けようとする意識が働いたのかもしれない。

 一方、朝日新聞のデータベース(84年以降の記事を収録)で「挺身隊」を検索すると、慰安婦と挺身隊を混同していた記事には「慰安婦と挺身隊の混同がありました」という注釈が付いている。この注釈の数を見ると、80年代は同一の筆者が84年と89年に書いた計2本だけなのに、90年代になると、91年7月末から92年2月初めまでの間に計14本が出てくる。

 朝日新聞における慰安婦と挺身隊の混同は、この半年間に集中的に起きた現象だ。朝鮮日報は80年代から日常的に混同していたことを考えると、朝日新聞は、韓国における用語の混同を正さずに使ってしまったと考えるのが自然だ。朝日新聞にも「挺身隊」の本来の意味である勤労挺身隊に関する記事もたくさん出ていたのだから、もっと早く混同に気付くべきだったとは言えるが、朝日新聞が作り出した間違いが韓国に伝播したと考えることは難しいだろう。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る