「みんなと同じ」B級グルメもゆるキャラも限界
「競争しない」社会に向かう地方

地域活性化の現実を見よ(2)木下斉×飯田泰之 (全4回)


柳瀬 徹 (やなせ・とおる)  フリーランス編集者、ライター

1972年伊豆大島生まれ。企画・編集をした本に五十嵐泰正・他『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』、片岡剛士『アベノミクスのゆくえ』、久松達央『小さくて強い農業をつくる』、荻上チキ『災害支援手帖』、飯田泰之編『地域再生の失敗学』など。

対談

(画像:iStock)

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*第1回 はこちら

限界集落問題と「まちおこし」は別の問題

飯田:地域活性化についての議論には、根本的な混乱があるように感じます。ひとつは限界集落問題と、村落、中小都市の問題と、中核市から県庁所在地クラスの問題が、混同されてしまっているという点です。

木下:地方は規模など関係なく、全部「地方」としてカテゴライズされてしまいがちですよね。

飯田:そうなんです。三大都市圏か、あるいはせいぜい七大都市(札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、広島、福岡)圏だけを別枠に入れて、あとは十把一絡げに語られますよね。

 僕は、限界集落問題はまちおこしとは切り離して考えるべきだと思います。それは別の問題です、と言わなければいけないと思う。

木下:限界集落を再生するのは、基本的には不可能ですよね。どんどん人が減っているのは今住んでいる人でさえ住み続けるのに困難だと判断し、相対的にもっと良い地域にシフトしているからですから。

飯田:不可能です。投資効率がまったく合わないですから。本気でそれを求めている人も多くはないはずです。

木下:ある特定の限界集落が、偶発的に何か産業が起こって成功した、そういう事例はもちろん素晴らしいことですが、それを普遍的なメソッドにして日本全体の限界集落に適用させようという思想は、根本的に無理がありますね。そのような事例は数が少ないからこそ成立するわけです。

飯田:そう、それは無理です。むしろ限界集落は環境負荷を最小にしながら森に返す工夫が必要でしょう。そしてどんどん限界集落が消滅していくと、逆にその中で残った地域には希少価値が出てきます。「本物の田舎はここにある!」といえるようにはなる。

木下:残存者利益が出てくるわけですね(笑)。

飯田泰之さん(左)と木下斉さん(右)。1回目の対談『交通網の発達で
人もお金も地方から大都市へ』
は、戦後日本と地方の関係を象徴する「新幹線」を問い直すことから始まった
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「対談」

著者

柳瀬 徹(やなせ・とおる)

フリーランス編集者、ライター

1972年伊豆大島生まれ。企画・編集をした本に五十嵐泰正・他『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』、片岡剛士『アベノミクスのゆくえ』、久松達央『小さくて強い農業をつくる』、荻上チキ『災害支援手帖』、飯田泰之編『地域再生の失敗学』など。

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