「子縁」でつながる秋津地域のお父さん 

2015年1月27日

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岸 裕司 (きし・ゆうじ)

秋津コミュニティ顧問

1952年東京生まれ。広告・デザイン会社の(株)パンゲア代表取締役、習志野市立秋津小学校PTA会長時に秋津コミュニティ創設、会長を経て現在顧問兼秋津小学校コミュニティルーム運営委員会顧問。文部科学省委嘱コミュニティ・スクール推進員、学校と地域の融合教育研究会副会長、埼玉大学・日本大学非常勤講師、ほか。著書に『「地域暮らし」宣言』『学校を基地にお父さんのまちづくり』(ともに太郎次郎社エディタス)、『学校開放でまち育て』(学芸出版社)など。

 年明け早々、今年は過去のさまざまな事件に思いをはせました。

 阪神淡路大震災から20年の年であり、オウム真理教による地下鉄サリン事件後20年、また敗戦後70年の節目でもあるからです。

3.11東日本大震災の被災地で上演の紙芝居ポスター。2011年4月
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 そして、2004年の新潟県中越地震や2011年の3.11東日本大震災での大津波や福島原発事故から、近年各地で頻発する住宅地を襲う水害なども含めれば、大きな天災や人災がこの間とりわけ20年間にあったんですねぇ。

 で、とくに20年目が秋津コミュニティにとっては「複雑で思い出深い重要な節目の年」なんです。

 というのは、阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件があった同じ1995年に秋津小学校コミュニティルームが開設されたからです。

 この秋津小学校コミュニティルームの20年後の今日は、年間1万3000人もの子どもからお年寄りが集う生涯学習や災害時の避難所としての地域の大切な拠点としてなくてはならない施設になってます。

「秋津のまちの歴史を調べよう」

 ある年、秋津小学校3年生の担任からの依頼で、子どもたちに1階のコミュニティルームで授業をしました。

 「キミたち、井戸を以前に掘ったことは知ってるね?」と、私は窓の外の手掘り井戸に顔を向けながら切りだしました。

 すると、「知ってる!」「冷たいんだよ!」などと、子どもたちは口々に言い出しました。

 「では、なんで井戸を掘ったのかを知ってる人?」と問いました。何人かの手があがりました。

「はい、キミ!」
「あの~、火事なんかで学校にきたときに水がないとこまるから……」
「うん、そうだね! 学校は災害時の避難所になってるので、阪神大震災のような大地震があったら、秋津のみんなはここに避難してくるでしょう? その時に、生き延びられるように井戸を掘ったんだよね」

「ほかに、意見がありますか?」
「ビオトープもあるでしょう? 5年生は田んぼで田植えの授業をやってるよね。その水はなにの水かな?」と私。

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