自らハンドルを握り、見えた
タクシー業界の課題

『潜入ルポ 東京タクシー運転手』


中村宏之 (なかむら・ひろゆき)  読売新聞東京本社調査研究本部 主任研究員

1967年生まれ。91年、慶應義塾大学経済学部卒、読売新聞東京本社入社。福島支局、立川支局、経済部、政治部、ロンドン特派員、米ハーバード大学国際問題研究所研究員、経済部デスクを経て2014年より現職。著書に『世界を切り拓くビジネス・ローヤー』『御社の寿命』、(いずれも中央公論新社)など

オトナの教養 週末の一冊

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英国に住んでいた時、ロンドンタクシー(ブラックキャブ)の運転手が、住所や通りの名前を言うだけですぐに場所を把握して、的確な道を選んで目的地に連れて行ってくれることにいつも感激していた。ロンドン市内のあらゆる地名や街路名、交通事情を把握していないとパスできない厳しい試験を経ているので、ドライバーのプロ意識は高く、おしなべて非常に優秀だった。海外では欧州各国、アメリカ、中東など各地でタクシーのお世話になったが、やはりロンドンのタクシーが一番、細かな道や地理を把握していたように思う。

 日本ではどうか。確かに清潔で快適で、おおむね運転手のレベルも高い。ただ、一部に、基本的な地理にさえ疎く、こちらが一から十まで説明しないと目的地にたどりつけないケースや、サービス業の基本がしっかりできていない運転手もおり、正直、質についてはばらつきがある。

 仕事でもプライベートでもタクシーにはいつもお世話になっている。仕事ではたいてい、急いでいる時に乗る機会が多いので、渋滞をうまく避け、短時間で目的地に連れて行ってくれる運転手さんに出会った時は、本当にありがたく、頭が下がる思いがする。

 一方で、駅などでは客待ちの空車が列をなしていることも多く、運転手さんたちが日々どんな様子で仕事をしているのか気になっていた。そんな疑問に答えを出してくれたのが本書である。

「都庁がわからない」
「国会議事堂がわからない」

『潜入ルポ 東京タクシー運転手』
(矢貫隆、文藝春秋)

 著者はノンフィクション作家で、取材目的を伏せてタクシー業界に正規のドライバーとして合計で約3年間「潜入」し、約1万人のお客さんを乗せながら体験した内容をつづった。正に体当たりのルポである。実体験に基づいているだけに、本書で紹介されている内容はリアルで、読んでいてぐいぐいと引き込まれる。

 1万人も乗せれば、お客さんの側にもいろんな人がいることがわかる。詳しい内容は本書に譲るが、タクシー代の(銀行)振り込みを希望する客や、3回に分割して書留で送ってきた客など、様々なタイプの人を相手にしないといけない運転手さんは大変だなあと思う。

 また、随所に著者自身の経験が盛り込まれていて印象深い。著者がお客としての体験だが、「都庁がわからない」、「国会議事堂がわからない」という運転手がいてあぜんとする一幕がある。これには筆者(中村)も正直、非常に共感した。似たような経験があるからだ。

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「オトナの教養 週末の一冊」

著者

中村宏之(なかむら・ひろゆき)

読売新聞東京本社調査研究本部 主任研究員

1967年生まれ。91年、慶應義塾大学経済学部卒、読売新聞東京本社入社。福島支局、立川支局、経済部、政治部、ロンドン特派員、米ハーバード大学国際問題研究所研究員、経済部デスクを経て2014年より現職。著書に『世界を切り拓くビジネス・ローヤー』『御社の寿命』、(いずれも中央公論新社)など

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